スパイ養成施設で英才教育を受け、亡き両親もスパイだった自称〈エリート中のエリート〉は、着任早々、〈イエス・キリスト〉なる来訪者が目の前で刺され、その遺体を埋めに行く羽目に。また隣家の〈マダム・ステルス〉は本業が泥棒らしく、銀行を地下から襲うモグラ似の機械を開発し、燃料となる変幻自在の化学物質〈ラ・パローマ〉も工場から盗み出すなど、スパイの方がまともなくらいだった。
失業率は80%に上り、密造酒〈フライングスノーマン〉による中毒も蔓延する街では、市長の〈ミッキー・チャン〉が独立政策を掲げ、これを阻むのが今回の任務。が、組織との連絡役〈チェロキー〉から銃を調達し、中古で買った車〈一九五五年式のキャレキシコ〉で街をゆく彼は密造酒のアジトをたまたま暴いてしまう。
祝賀会で市長とジェイムズ・ブラウンばりのファンキーなダンスを披露した彼の記事は一面を飾り、しかも取材記者〈ミス・モジュール〉の早合点でゲイ疑惑が浮上、セレブなゲイとしてなぜかますます有名に。一方、音楽好きで料理上手な市長は殺すのが惜しくなる好人物。本人の思惑とは裏腹な状況に追い込まれていく老スパイの、命運やさていかに?
◆まじめに書くと悲しくなってくる
大学卒業後は福島の実家に戻り、8年ほど前にふと思い立って小説を書き始めたという一條氏。以来ジャンルを問わず投稿を重ね、新潮ミステリー大賞受賞作『レプリカたちの夜』ではそのミステリーの枠を超えた独特の世界観を絶賛された。大の音楽好きでもあり、巻末には夥しい数の参考文献の他、映画や音楽、ラジオに至るまで、影響を受けた作品名が律義に並ぶ。