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2018.09.14 07:00  SAPIO

「日出ずる処…」隋の皇帝激怒の国書で日本は独立自尊を宣言

神道学者の高森明勅氏

 これを読んで、隋の皇帝、煬帝は激怒したという。煬帝は何故怒ったのか。「日出ずる処」「日没する処」はともに仏典の『大智度論』に出典を持つ言葉で、それぞれ東方、西方を意味する。両者の間に上下関係はなく“対等”だ。

「天子」と「天子」はもちろん対等。しかも、「天子」は「天(天帝=宇宙の最高神)」の“命(命令)”を受けて「天下」を支配する唯一の存在で、シナ皇帝だけが名乗ることが許されるべき称号。にもかかわらず、平然とそれを使った国書を届けてきたので激怒したのだ。煬帝はこの時、「こんな無礼な手紙は二度と取りつぐな」と外交担当者に伝えている。

 わが国は第一回の時よりさらに踏み込んで、従属関係の解消と外交の対等性を、第二回では鮮明に打ち出した。それが煬帝の憤激を招いてしまった。このままでは円滑な外交関係の樹立は危うい。翌六〇八年四月に妹子が帰国した時、そのことは朝廷に正確に伝えられたはずだ。

 その結果、同年九月に第三回遣隋使としてふたたび派遣された妹子が持参した国書の冒頭は、次のように改められていた。「東の天皇、敬みて西の皇帝に白す」(日本書紀)と。冊封体制からの離脱、つまりシナ帝国との従属関係を解消するという決断をした以上、もはや「王」に逆戻りする選択肢はありえない。そこで、「天子」でも「皇帝」でもなく、しかもそれらと肩を並べることができる称号として、伝統的な“天上に由来する神聖な君主”という考え方にも配慮しつつ、新しく「天皇」という君主号が選ばれたと考えることができる。

◆「天皇」は聖徳太子の発案か

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