ちなみに本作では改名や養子縁組が横行した時代の人名のややこしさが事件のカギを握り、〈日本人の名前なんてまったく当てにならん〉というある人物の台詞も伏線の1つ。裏を返せば身分や名前を捨て、新しく生き直すことも不可能ではなく、片桐の場合は〈社会への疑念〉が記者になった動機だった。彼は誰にともなく問う。〈あの戊辰の戦はなんだったのか〉〈力だけが正義なのか〉〈おびただしい屍を野にさらして、いったい何を守ったというのだ〉

「そんな片桐の〈なぜ〉は今や記者としての才能でもあって、犯人は突き止めても、断罪はしないんですね。そもそも神様でも何でもない僕らには真実を知った上で前に進むことしかできないのかもしれず、そうか、そういう話だったのかって、自分でも今、ようやく合点がゆきました!(笑い)」

 と、あくまでも控えめな歴史ミステリー界の新星は、大山との結婚を〈後悔、しません〉と未来形で答える捨松や、過去を乗り越え、人が人を赦す物語を、無意識に描くだけに末恐ろしい。

【プロフィール】たきざわ・しろう/1977年島根県生まれ。東洋大学文学部史学科卒。「主に15年戦争や琉球のことを調べていて、片桐は当時の学徒兵のイメージが元になってます」。会社員時代からテクニカルライターとして、各種マニュアル制作に従事。2017年『明治乙女物語』で第24回松本清張賞を受賞し、本書は第2作。「次作は中華街界隈を舞台に『明治横濱物語』を書き下ろす予定。今後は琉球のことも書きたいし、素材は明治に限りません」。170cm、60kg、A型。

■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光

※週刊ポスト2018年10月12・19日号

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