特殊詐欺に必要なのは「かけ子」「運び屋」など人員と、電話機やパソコンなどの「道具」、そして何より「名簿」である。いかに喋りの上手いかけ子がいても、所有者や発信元がわかりにくいよう細工された電話を使っても、使えない情報ばかりが羅列された名簿をもとにしては、詐欺は成功しない。
もちろん、法にのっとり適切に運営している業者は、データ購入者に身元の確認を求めるなどして、こうした反社会的勢力に情報が渡らないよう努めている。しかし中には、ダミー会社を設立して大量購入したデータに、同じように非合法的手法で集められた別のデータを加え“付加価値”をつけ、詐欺師ばかりに販売しているような「闇名簿屋」も存在する。
2014年に発覚した、超大手教育業者から最大で三千万件以上の「個人情報」が持ち出され流出した事件のように、こうした名簿屋に顧客情報を売り渡す一般人も後を絶たない。件の事件で逮捕された容疑者は、これほど膨大な件数を販売しながらも、得たカネは十数万にも満たなかったとみられる。食い詰めた人々が名簿や顧客データを売って小銭を得、反社会勢力によって転がされたそれらの情報は、彼らにとってあっという間に価値のある道具へと変化するのだ。
「特殊詐欺の黎明期には、普通の電話帳を見て“ミツヨ”とか“三郎”とか、年寄りっぽい名前の人たちをターゲットにして片っ端から電話していましたが、より効率的に行う(電話をかける)為に、老人だけの世帯であるかなどの家族構成情報や、資産がある家なのか、持ち家なのか…そうしたあらゆる情報が付け加えられたものが流通するようになりました」
これらの情報は、反社会的な組織などによって高額で買い取られていった。商売繁盛とばかりに、違法または脱法的な名簿業者が様々なルートからデータを大々的に買い取った。住宅販売会社に銀行、リフォーム業者から通販業者に紐付けられた名簿、特に資産データなどの情報はより高額で買い上げられたため、それらの個人情報を閲覧できる業務に就いている会社員が、業者に情報を売り払っていたのだ。
「昔はゴルフ会員権所有者や、高級自動車の購入者、アダルトビデオ購入者、みたいな感じで、普通の人も含むカテゴリ化された名簿が販売されていました。でも今では、銀行預金の残高が1000万円以上の顧客、株式投資者に高級マンション購入者など、いわゆる”金持ちリスト”が多く作られています。その中でもより高額なのは、高齢者である、というデータでしょう。より資産を増やさないかという投資詐欺、条件の良い高級老人ホームに優先的に入れるなど入居権詐欺などに利用されるわけです」
むしろ、リストの出来によって「詐欺の方法が変わる」といったほうが良いほど、特殊詐欺事案における名簿の存在意義は大きいとも言われる。そして、詐欺の世界に合わせるかのように、名簿も進化していった。
「特殊詐欺の被害者が相次ぎ、ついには特殊詐欺の被害者リストまで作られました。被害者宅に弁護士や役所をかたって電話をし、被害金を取り戻せるなどといってカネを巻き上げるのです。一度は引っかかった“実績”があるわけだから、また引っかかる可能性だって高い。預金がある、資産があるなどといった情報付きの被害者リストは、1000件で何十万、何百万の価値が付くこともあります」
特殊詐欺がなぜ今も減ることがないのか、そしてなぜ新たな手法を伴った特殊詐欺が次から次に生み出されるのか。背景のひとつには、守られるようになった情報に価値が付き、わずかな小銭の為に個人情報を不法に売りさばく人々の存在があった。