◆保険会社、警備会社、そして警察官…
昨年のトライアウトの現場で、野球選手に声をかけ、一般企業への就職を斡旋する「第2の人生のスカウトたち」の実態を私はレポートした。その反響は大きく、記事で紹介したソニー生命に倣ったのか、今年は会場の出入り口で帰路に就く選手に、複数の保険会社のサラリーマンたちが群がり、パンフレットを手渡す姿があった。
アクサ生命の河田浩樹(北九州FA支社)は、元プロ野球選手を勧誘する狙いをこう語った。
「若い頃から鍛えられていて、根性がある。人脈にも期待したい。野球部の人って、出身校でもOBとの交流が盛んですよね。また、ご本人の知名度も武器になる。保険の営業職は、歩合制です。基本給に加えて、頑張れば頑張っただけ、給料に上乗せされていく。プロの世界で勝負してきた野球選手には馴染みやすい業界ではないでしょうか」
同じように、今年初めて、トライアウト会場に来場したのは、大阪に本社を置く「日本パナユーズ」。1971年創業の警備を基幹事業としている企業である。かつてラグビーの社会人チームの選手だった代表取締役社長の藤本典志は、これまでセカンドキャリアで苦労する元アスリートを幾人も見てきた。
「競技や、ポジションによっても異なりますが、スポーツ選手の寿命は概ね、短くなってきている。就職先の縁に恵まれず、犯罪に手を染めてしまう人もいる。自分は奈良産業大学を卒業後、社会人チームでプレーし、30歳手前で戦力外通告を受けた。そのまま営業マンを15年続け、その後、現在の会社に移って、昨年社長になりました。セカンドキャリアに恵まれた分、行き場を失った選手をなんとかしたいという気持ちがあって、ここに来ました。警備会社の社員としては、元野球選手の元気の良さ、ルールを守る姿勢に期待したい」
昨年まではトライアウトが開催される球場のバックヤードで、一般企業の“スカウトマン”たちが熱心に動き回り、選手に直接声をかけていた。さらに警視庁の第4機動隊の隊員が受付の隣にテーブルを設置し、警察官という仕事に興味を持った選手たちに封筒を手渡していた。今年の現場では、バックネット裏に警察官たちの姿があった。
隊員の士気や団結を高める狙いで2009年に創部された警視庁の野球部には、現在3人の元プロ野球選手が在籍している。来場していたのは、2005年のドラフトで巨人に3位で指名された加登脇卓真(31)と、ヤクルトの育成選手(2010年の育成ドラフト1位)だった北野洸貴(30)だ。両者は、警視庁第四機動隊に所属し、主に国会や首相官邸、大使館などの警備を担当している。現在武蔵野警察署に勤務する元横浜DeNAの大田阿斗里(2007年高校生ドラフト3巡目、29)も、野球部に所属している。
加登脇は2008年に戦力外となり、同年のトライアウトに参加するも、声はかからず。その後、独立リーグを経て、2012年に警視庁の採用試験に合格した。
「独立リーグが終わった時点で、野球から離れようと決めました。自分には家族がいた。声をかけられたわけではなく、自分の意思で警察官採用試験を受けましたね。1年ぐらいはスポーツジムでアルバイトをしながら勉強し、受験に備えました。合格が決まって、ようやく家族を安心させられたと思います。今は警視庁野球部として、クラブチームの全国大会に初出場するのが夢です」
北野は在籍わずか2年でヤクルトを戦力外に。その後、会社員を務めていたところ、営業先の警視庁で、同庁の担当者に誘われ、転職した。
「ずっと野球漬けの日々だったので、試験勉強が難しくて(笑)。やっぱり、1年ぐらいかけて準備しました。今回のトライアウトでは、ヤクルト時代のチームメイトにパンフレットを渡したりしています。野球をやってきた人は、視野が広い。警察官も、安全確認とかで、いろいろなところに目を向けなければならないので(笑)、野球選手は警察官に向いていると思います」
両者が強調したのが、「安定した職場」であることだ。プロ野球選手という職業には最も縁遠い言葉だろう。