「弔いは感性です。費用を抑えたいという理由ではなく、小さな葬儀を希望するご家族が増えているからこそ、貴殯館は『最後の最後だけは贅沢に送りたい』と考える層を顕在化させていくかもしれませんね」(長谷川さん)
他の葬儀社の人にも聞いてみた。
「私はお客さんに、『個人的には、あの世にランクなどないと思っていますが、残念ながらこの世はランクだらけです』と申し上げてから、貴殯館を火葬の選択肢としてご案内しています」と言うのは、本郷金子商店(文京区)に勤める高橋朋弘さん。「普通の人と同じ窯で身内を火葬するのは嫌」という高級志向の人たちがいるという。
宗教者として貴殯館で故人を見送った真宗大谷派・蓮光寺(葛飾区)の本多雅人住職は、「大変な時代になってきました。死というものを感じさせない造りのため、逆に私たち僧侶が仏法の場であることを感得し、厳かに勤めることに徹せられるかという課題を突きつけられていると感じます」と話す。
仏教的に死を受け止めるために、「故人の一生を偲ぶ」「自分も死ぬことを知り、いのちの尊さを自覚する」「故人を諸仏の一人として感じる」という3つの要素が必要という。
「葬儀や火葬の場が豪華になればなるほどそれを伝えるハードルが高くなりますが、どのような場になっても、“死すべき身をどう生きるか”という問いに応えていきたい」(本多住職)
◆宗教的感情とは何だろう
墓地、埋葬等に関する法律には、〈墓地、納骨堂又は火葬場の管理及び埋葬等が、国民の宗教的感情に適合し、かつ公衆衛生その他公共の福祉の見地から、支障なく行われることを目的〉とあり、本来、火葬場にもお墓にも、宗教的感情を満足させることが求められている。「自分は無宗教だ」と言う人も少なくない昨今、「宗教的感情」は一人ひとり異なる。
私は、お墓を取材し始めた当初、従来の土の上に立つお墓でなければ、心静かにお参りできないのではと思っていたが、多くは「宗派不問」の納骨堂の訪問を重ねるうちに、そうでもないと思い改めた。大切な人を心地良く眠らせてあげたいと思わない人はいない。多様な形を選べるようになったのは喜ばしいことだと。
建て替え等に当たり、新しいスタイルの火葬場が、今後も増える見通しだ。長谷川さんが言った「『最後の最後だけは贅沢に見送りたい』と考える層が増えるかも」との言葉を反芻する。まだまだ地域差がある中、今後、美しさや快適さを優先し、遠くの火葬場まで故人を運ぶ人が、この先出てくるかもしれない、と本気で思った。
※女性セブン2018年12月20日号