その年の六月ごろ。ある運転手は三十代ぐらいの女性を乗せた。初夏だというのにコートを着ている。「暑くないですか」と聞くと「私は死んだのですか」と言う。驚いて振向くと誰もいなかった。

 震災後三年。別の運転手は深夜に女の子を乗せた。両親は? と聞くと「ひとりぽっちなの」と答える。目的地に着くと「おじちゃんありがとう」と言って消えた。

 社会学者、金菱清氏のゼミでは学生たちがこうした例を運転手に会って取材していった。無論、多くの幽霊談と同じようにこうした体験は生者の思い込みと否定することは容易だ。

 しかしあの惨劇のあと、生き残った者は死者の霊を信じ、いまも彼らと共にあろうとする。その思いは切実で敬虔なものだ。

 名取市の閖上地区では十四人の中学生が犠牲になった。翌年、遺族会が死んだ子供たちを「追憶」するために慰霊碑を建てた。三十個のチューリップの球根を植えた。翌年、亡くなった子供の数と同じ十四の花が咲いた。霊を信じたいと思う遺族の気持が痛いほど伝わってくる。

※週刊ポスト2019年1月1・4日号

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