◆家族がカヌーを指導することへの葛藤も
決して許される行為ではない。だが、鈴木自身の口から、“罪”を告白したことが家族にとってはせめてもの救いだった。
「もしあのまま、知らないふりをして、たとえオリンピック出られたとしてもどんな気持ちでその後の人生を送っていたのか。主人はやって良いことと悪いことの境界線が分からなくなっていたのかも知れません。パドルなどを盗んだのも、最初は遊びの感覚というか、軽い気持ちで手を染めて、そのうち、どんどんエスカレートしていったのかもしれません」
事件後、ジュニア時代の鈴木を指導したコーチから、綾香さんに連絡があった。
「『ヤスの中には魔物が棲んでいる。それを取り払わないとダメだぞ』と言葉をかけていただきました。主人を指導してくださった多くの方が、責任を感じて一緒に泣いてくださるんです。それが本当に申し訳なくて……」
また事件の被害者であり、一時は競技生命の危機に立った小松からも一家の近況を気に掛けた連絡が入るという。
「事件の以前から家族ぐるみで付き合っていて、仲良くさせてもらっていました。小松君のためにも、2度とスポーツ界でこんなことが起きないためにも、更生していかなければならないと思っています」
カヌー界を永久追放された鈴木に、現役選手としても、指導者としても、カムバックする意思はない。一方、綾香さんは、経営するスポーツジムで子どもたちにトレーニングを伝え、希望する選手にはカヌーの指導も行なっているという。
「ああいう事件を起こした選手の家族が、カヌーを指導していいのか。これが果たして正しい罪の償い方なのかは分かりませんが、私にもカヌーしかないんです」
現在の鈴木は、実家の近くで新たな仕事を見つけ、いつか福島に帰り、家族と一緒に暮らす日を夢見ている。
◆取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)