他にも漢詩を愛し、その才気と美貌で男たちを虜にする上海セレブ〈花琳〉や彼女の秘書で『源氏物語』の末摘花を思わせる濡れない女〈洋子〉、湿度の高い豆孝の嫉妬など、林氏は女の手の内と、意外にも冷徹な男の視線の両方に目を配り、本書を今までにない大人の恋愛小説に仕立ててゆく。
「基本的に作家は両性具有ですからね。女が強かなら男も強かで、なぜか私には両方の情報が入ってくる。とにかくここ2年は人に会っては書き、資料を読んでは書きの連続でしたが、渡辺先生に生前、言われたんです。読者からお預かりした印税は作品に還元してこそ作家だって。私もそろそろ老後に備えなければいけない年齢ではあるのですが、時を忘れて別世界に遊べるのも小説の醍醐味ですし、今回はいいお金の使い方をしたと思っています」
若くもなく、かといってまだ終わりも見えない性を、彼らはなおも生きていた。その事件も起伏もない愛欲の世界は古の王朝絵巻すら思わせ、溜め息が出るほど甘美で、取りとめがない。
【プロフィール】はやし・まりこ/1954年山梨県生まれ。コピーライターを経て、1982年に初エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を発表。1985年「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞、1995年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、1998年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞、2018年紫綬褒章。『不機嫌な果実』『コスメティック』『anego』『下流の宴』『アッコちゃんの時代』『本朝金瓶梅』『野心のすすめ』等、話題作多数。165cm、O型。
構成■橋本紀子 撮影■三島正
※週刊ポスト2019年2月1日号