「前回の世之介は上京したての学生で、初めてのバイトや一人暮らしなど、読者も共有できる体験が多い年齢の話でした。他にそういう時期ってないかなと考えた時に、誰しもうまく行かない時期ってあるよなあと思って。僕は世之介とは同郷の同世代ですし、僕自身も1993年頃は何をやっても、本当にダメだったんで」

 現在の生活圏は池袋。ある時、近所の床屋で浜本と遭遇し、鮨職人を夢見る彼女が男社会を生き抜くべく頭を刈る覚悟だと知った世之介は、その散髪に立ち会うことに。そして27年後、晴れて銀座に鮨屋を構えた浜本が彼のことを思い出す時、東京五輪の狂騒の中に世之介はもういないのだ。

 本書では1993年と2020年の東京の景色とが交互に描かれ、両者をつなぐのは世之介を知る人々に残された有形無形の遺産だ。特にコモロン宅の向かいに住む〈日吉桜子〉とは、息子〈亮太〉の窮地を救って以来親しくなり、小岩で修理工場を営む彼女の実家で同居したこともあった。

 元ヤンの桜子とはなぜか気が合い、共通の趣味はスーパーめぐり。それを見た浜本が言う。〈なんかさ、すでにゴール切ってる感じする〉〈みんな、いろんな夢を追ってるじゃない。でも、結局、そのゴールってさ、こうやって楽しそうにスーパーでちらし鮨買ったり、美味しかった焼肉のタレ、探したりすることなんじゃないかな〉

「僕もこの場面は大好きで、世之介って特にいいことはしてないんですよ。だって浜ちゃんが修業先で苛められているらしいと聞いた時、ヤツは様子を見に行くと言いつつ、結局忘れるんです。でもそれで逆に彼女は世之介に会いやすくなるわけで、いい話も笑える話も、そうと意識しないところに僕は生まれる気がするんです」

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