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2019.06.26 16:00  週刊ポスト

【著者に訊け】芥川賞作家・柴崎友香氏 長編『待ち遠しい』

〈大家さんのお葬式のときにいちばん泣いていた人〉

 それが、春子のゆかりに対する最初の印象だった。享年90だった大家さんには、東京に嫁ぎ2人の子供を育てた長女と、大阪に住む次女と三女がいる。中でも人懐こい長女ゆかりは、引っ越しの挨拶に来るなり、お喋りが止まらない。1階に水回り、2階に居間兼台所と洋室がある築50年、室内リフォーム済みのこの物件を、春子は高校の友人〈直美〉の新居を訪ねた際、近所で見つけた。1人暮らし10年目を迎えた今も、住み心地は快適だ。

 中庭越しに母屋を望み、掃除機の音が聞こえてくる距離感は、大家がゆかりに変わって、より密になった。春子は直美に〈基本的に、いい人っぽい〉とゆかりの印象を語り、総菜や果物をお裾分けされる関係に戸惑いつつ、悪い気はしない。

「私も上京当初は商店街や近所の人に声をかけられて凄く安心したし、海外にもその手のおばちゃんが必ずいるんですよ。大阪は若干確率が高いだけで(笑い)。

 ただし春子自身は将来自分が飴ちゃんを配ったりはできない気がしていて、趣味の〈消しゴムはんこ〉や刺繍に勤しむ1人の時間を大事にしたいタイプ。就職氷河期世代の彼女がどんな職種でもこつこつ働ければいいと思う気持ちもわかるし、そんな彼女が物理的な距離や家の作りに心理状態も影響されるところが、私は面白いなあと思うんです」

 ある時、春子はゆかりの夕飯に招かれ、裏手に住む甥〈拓矢〉の妻・沙希を紹介される。一見愛らしい彼女は春子と会うなり、〈一人暮らしですか?〉〈変わってますね〉と言ってのけ、〈手巻き寿司? なんか、子供の誕生日会みたい〉と遠慮がない。拓矢は沙希の「地元の先輩の仲間」らしく、その先輩という感覚自体、部活経験のあまりない春子には馴染みがなかったが、〈おんなじ服、着てるやんね〉と沙希に言われると妙な親近感も湧いてくるのだ。

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