「『こうすれば良くなる』という演出ではなく、口立ての時に『俺のニュアンスは分かるだろう』という感じでした。

 僕自身は自分がどうやりたい、というのはありませんでしたね。つかさんの要求に応えるので精一杯でしたし、つかさんに与えられたものをやるのが表現だと思っていましたから。

 つかさんも、『上手くなれ』とは決して言いませんでした。むしろ、『お前も上手くなったもんだな』と皮肉めいて言う。『上手くなった分、人間としてすれちゃったな』という意味なんでしょう。その時のその人間が面白かったり魅力的になるように演出されていましたから、それができないのは『お前が悪い』ということなんですよ。

 それから、下品とか下衆という言葉を使っていましたね。役柄ではなく、『下衆な芝居はするな』と。役者が個人的に目立とうとすることは下品だということは、よく言われていました」

 大学を中退して、つかこうへい事務所に所属、舞台俳優としてキャリアを積んでいく。

「最初から役者を志して東京に来たわけではないし、職業として選んだきっかけもありません。本当にいつの間にか──なんですよね。大学を辞める上でも別に覚悟もありませんでした。

 ただ、覚悟という話でいうと、つかさんから『お前はもう来なくていいよ』と言われた時は芝居を辞めようと覚悟していました。つかさん以外の芝居をやろうとは思わなかったし、魅力も感じていませんでしたから。

 職業俳優になっていくとは、思ってもみませんでした」

●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。

■撮影/木村圭司

※週刊ポスト2019年7月12日号

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