また、「変さ」というのは相対的なものである。癖で爪をかむ者の前に、盗癖のある者が出てきたら、爪かみの異様さは薄れるだろう。今村は語り手の周囲の人々の「変態癖」や「手癖」をクローズアップし、結果、本当の変さを曖昧にぼかす。
語り手は「むらさき」のことならなんでも見てきたように記述する。その書きぶりはじきに、リアリズムの許容範囲を逸脱していくのだが、その暴走ぶりよりも、この「信用できない語り手」の狂気の源泉がさっぱりわからないから、本作は怖いのだ。作者の筆の精度も怖い。
※週刊ポスト2019年7月19・26日号