このように多くの中国人青年を育てた明治東京だが、中日関係は一九一五(大正四)年「対華二十一か条の要求」で暗転し、済南事件、上海事変を経て「戦争前夜」に至る。そうして、ふたりの浙江人留学生、魯迅と蒋介石の歩む道も遠く隔てられて行く。著者譚ロ美の父も日本に亡命した人であった。早大で学び、のち国民政府外交部で働き日本に定着した。母方は日本陸軍の将官であった。
両者の血を受けついで現在アメリカに住む彼女は、住民監視を徹底する中国共産党の一党独裁以外に、かつての亡命者・留学生が遠望したような「政治が生活の一部に過ぎない社会」を作り上げるという選択肢はなかったのかと考える。彼女の無念の思いは、この本にあらわれた明治東京への強い郷愁とともに私たちの心を打つ。
※週刊ポスト2019年8月2日号