「首吊りでも、跡が二重になっていないか、太さの違う跡がないか、遺体の場所が不自然ではないか。練炭自殺の場合は、部屋が密封されているか。刺し傷なら長さ、深さ、角度なども検視官に伝える。遺体の写真や状況を総合して、時にはもう少し捜査してから死因を判断しろと言われることもある」
検視官が来ない現場なら、最初に遺体を見るのは発見現場の所轄の刑事だ。刑事であれば年齢、男女は関係ないが、霊安室の担当は強行犯係。公安や生活安全課の刑事が遺体を見ることはほとんどないという。
「警視庁の若い刑事にとって23区外、三多摩地区なぞに配属されると、ある宿命が待っている」
三多摩とは23区と伊豆諸島などを除いた地域で、多摩丘陵や高尾山などが含まれる。
「三多摩には山がある。山の中で遺体が発見されると、山から降ろさなければならないのだが、これが若い者の役目でね。死亡後すぐに発見されれば遺体もきれいだが、首吊りした後、首が千切れてしまったり、発見が遅れて腐敗が進んでいたり、ひどい状態のものもある。山道や遊歩道があれば、数人がかりで担架で運べるが、急斜面だとそうはいかない。若い刑事がその遺体を背負って降りるんだ」
宿命というより試練と言った方がいいだろう。
「遺体用の袋に入れてあるが、おんぶすると首や背中に遺体の感覚が直に伝わる。腐乱していると、袋に入れていてもジュワッとシミ出てくる。今はもっとしっかりした遺体袋だろうが、それでも遺体の感覚は背中に伝わってくるものだ」
元刑事も若い時に三多摩に配属され、これを経験していた。
「未だにその感覚が戻ってくることがあるね」
「それから、夏場に亡くなって腐敗してしまった遺体もね」
元刑事は首を大きく横に振った。
「ひどいもんだ。腹は倍に膨らんでウジ虫が湧き、それが2代目3代目になっていると、遺体を運ぼうと持ち上げても皮膚がペロンとむけてしまう。動かそうとすると口からガスが噴き出てくる」
その臭いはすさまじいらしい。
「現場に立ち会うだけで臭いが取れなくなる。毛穴という毛穴にしみ込んでいく感じだな。汁がついてしまった服は廃棄。臭いが染み付いた服は署の洗濯機で洗い、家には絶対に持ち帰らない。身体を洗っても臭いは取れないし、鼻の中に石鹸を突っ込んで洗ってもまだ臭う。いつまで経っても、あれには慣れなかった」
警視庁では刑事がこのような変死体を扱うと手当が出るという。
「変死手当と呼んでいたけどね。俺がいた頃は腐乱死体を扱うと1体につき3000円。普通というとおかしいが、普通の変死体だと2000円。1人2人で扱えるわけもなく、最低で3~4人は必要になる。だから変死手当は腐乱死体で1人だいたい1000円、普通で500円」
それこれも警察官の仕事のうちといってしまえばそれまでだが、あまりの金額の安さに愕然としてしまった。
元刑事には、いくらもらっても、金を払ってでも扱いたくなかった遺体があるという。
「小さな子供の遺体だよ。車に轢かれてぺちゃんこになってしまった遺体。親子で電車に飛び込んでバラバラになってしまった遺体。指が1本なくても必死に探すが、あれだけは見たくないね」
そんな気持ちを胸に押し込み、ウエストポーチの臨場用カバンを持ち、現場に出かけていたと元刑事は話した。