そんな継父を2人の子供たちは周りの大人たちと同様に「ぶんさん!」と呼んで慕い、晩酌時には3人でテーブルを囲んで延々としゃべっていたという。経験豊富な男親としての「教え」も貴重だった。
「高校生になった次男が、数学のテストでよくない点数を取って、『勉強が嫌だ』と言った時、主人は『全部が平均でなくても、何か1つでも得意なものがあればそれでいい』『どん底を味わえば、そこから見えてくるものもある』と諭しました。私なら焦って塾や家庭教師の先生に泣きつくところ、主人のおかげで次男は自ら猛勉強するようになり、それから一気に成績を上げて大学に合格しました」
怒らず急かさず、何事も柔軟に受け入れた文郎さんには、そうする理由があった。
「夫が大学生の時に母親が再婚したのですが、継父とはあまりいい思い出がなかったようでした。その経験を踏まえて息子たちと接していたと思います」
そんな父親を息子たちは今も心から尊敬する。生前の文郎さんは、「2人のうちどちらかがテレビの仕事をしろ」が口癖だった。父の遺志を胸に、長男は芸能事務所、次男はキー局で働いている。
※女性セブン2019年11月7・14日号