「戸惑っていた感じはありましたが、彼は、あ、そうだね、と、菜箸で取ってくれて。最初は何事もなく普通の会話に戻ったんですが、その後、2、3回、また彼が自分の箸で取り分けようとしたんです」
「菜箸で!」「あ、ごめん。」というやり取りを重ねるうちに、多恵子さんの食欲は失われていった。〆の雑炊は、幸也さんが二人分を食べた。その頃には、幸也さんの酔いも冷めていたという。多恵子さんは自分の潔癖症を事前に話さなったことを反省し、帰り道、幸也さんに伝えた。そして、食事においては気をつけてほしいと頼んだ。それで解決すると思った。
ところが、幸也さんから返って来たのは、思いがけない反応だった。
◆ぽっちゃり好きの彼に言われた許せない一言
「都合がいいね、って言われたんです。自分だってたいして綺麗好きじゃないのに、僕にばかり要求してくるって。部屋の片づけを手伝ってくれたこと、一度もなかったよね、と」
そんな不満がたまっていたのかと、多恵子さんは驚いた。と同時に、幸也さんの言っていることに一理あると認めた。だが、「綺麗好き」あるいは「神経質」とひと言でいっても、人間、気になるところと気にならないところはあるはずだ。ズボラな幸也さんだって、ことグルメに関してはマメになるように。だから、自分の性質を相手に伝えて歩み寄ることが大事だよね、と冷静に言いかけたところで、ガツンと頭を殴られた、ような気がした。幸也さんにこんな言葉を投げかけられたからだ。
「君はデブだよね。潔癖症だとか、自分は神経質だとか言うわりに、自分の体型は気にしないの? デブ好きの僕からみても、けっこう太ってるよ。まあ僕は、そういう大らかなとこがいいなと思ってたのに、なんか違ったみたい」
実際、多恵子さんは、ぽっちゃり体型だ。幸也さんは元々ぽっちゃり型が好みで、多恵子さんにアプローチしてきた面があったという。多恵子さんもそれは分かっていたが、体型は自分でも気にしていた部分だっただけに、この発言が許せなかったという。