大河ドラマの初回は、明智光秀、松永久秀、斎藤道三といった独特な「キャラクター」が立ち上がってきていましたが、一方で時代背景や各武将たちがどこをどう支配しどんな緊張関係に置かれていたのか、といった全体の「見取り図」の方はちょっともの足りなかった。過去の歴史を描く大河ドラマでは特に、こうした見取り図は不可欠のはず。今後の展開を円滑にして視聴者が物語のポイントを把握するためにも、重要な要素になる。大河の初回はキャラクターを際立たせることに熱中になりすぎた観もあって、「見取り図」の描き方については『テセウスの船』の方に軍配が上がりそうです。
『テセウスの船』という謎めいたタイトルも意味深です。その言葉とは何なのか、調べてみるとギリシャ神話の中のエピソードだとか。「英雄テセウスの船を後世に残すには、老朽化した部分を新しいものに交換する必要がある。しかし部分を新しくした時、果たしてその船はもとの船と同じと言えるのか」という哲学的問いのこと。「同一性とは何か」という命題です。
実は日本にもよく知られている事例があります。伊勢神宮の式年遷宮は20年経るごとに作り替えていく独特な文化的様式で、建物の柱や屋根などすべて新しい材に取り替えられますが、出来上がったものは「伊勢神宮」として認識されます。これもよくよく考えてみると、式年遷宮の前と後とで「同じ」と言えるのかどうか。同一性のパラドックスの一例とも言えそうです。
という一風変わった意味深なタイトルを持つこのドラマ。スリリングなミステリーの根底に、深淵なる問いも横たわっていそう。ぜひ緊張感を途切らせることなく、竹内・鈴木両俳優がガンガン視聴者を引っ張っていって欲しい。そして、「犯人は誰か」という謎解きに留まらず、「同一性とは何か」という哲学的思索にも触れつつ、独自のドラマ世界を描き出してくれることを期待しています。