いま清水さんに必要なのは40歳を過ぎて仕事が決まらない現実と向き合うことだ。上場企業や立派なビル、ホワイトカラー、そろそろそんなこだわりから下りることも考えるべきだ。地元の連中からの痛い視線のことは清水さんが思っているだけであり、もう彼らには妻も子もいて清水さんのことなんか忘れている。自分の人生を生きるのに他人の目など必要ない。ブラック企業が跋扈する氷河期を乗り越えて来ただけでもたいしたものだ。あとは意味のないプライドとこだわりを捨てるだけだ。そうでないと本当に詰む危険性がある。
「僕が親の面倒を見なくていい三男坊なのは救いです。兄は二人とも地元で働いてますが、高卒で工場のブルーカラー、結婚して子どももいますが仲はよくありません。甥っ子や姪っ子とも何年も会ってませんが、再就職が決まったら戻ってオモチャでも買ってあげようと思ってます」
いや、兄二人のほうが社会的評価はずっと上だ。なるほどこの言い草、しくじり続けた清水さんが現実的な将来へ進むための補正には、時間がかかりそうだ。端々でホワイトカラーという言葉にこだわり、ブルーカラーを下に見る態度もこれだったのか。もはや形骸化したこの両者にこだわるところは昭和を引きずっているというべきか。
「趣味はとくにありません。ネット三昧ですね。無趣味にとってネットは最適な暇つぶしですよ」
清水さん、案の定ネットで罵詈雑言を撒き散らしているという。詳しいことは意地でも話してくれなかったが、私は転職活動や情報収集以外のネット利用は断つべきだと提案した。極端な悪意ある匿名の意見は、人生のリアルには有害でしかない。
今後、団塊ジュニア・ポスト団塊ジュニア含めてネットとの付き合い方は各々再検討すべきだろう。幸せでないからネットに悪意を撒き散らすのではなく、ネットに悪意を撒き散らすから不幸になると考えるのが自然ではないか。それに清水さんは見ず知らずの連中ではなく、血の通った両親や兄たち、かわいい姪っ子や甥っ子を大切にし、素直に接したほうがずっと有意義だと思う。誰と比較するのではなく、幸福とは絶対的なものであるべきだ。相対化せず、絶対化した自分だけの幸福に生きることが必要だ。でなければいつまでも「しくじり」のままだ。
「いずれ僕も結婚したいし子どもも欲しいので、次は長く続く会社に勤めたいんで、今度こそ妥協できません」
いまのところ相手はいないそうだ。
「付き合った女は何人かいるんですけど、みんな口を揃えてつまんない男って言うんですよ。みんながみんなでっかい夢を持ってるわけじゃないっての。ネットで知り合った女は僕のことを真面目系クズとか言いやがりました。わけわかりません」
真面目系クズはあんまりだが、いまとなってはたいそうな夢がないことは、地に足のついた職探しのためには逆に好都合だろう。全部ひっくるめての正念場、まずはアラフォーの再就職という壁を乗り越えるところからだ。清水さんはある意味、一人暮らしの長いしたたかなサバイバーだ。飄々と乗り越えることだろう。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。