就職難で選択肢の限られた新卒は、上場企業ならばきっと大丈夫、有名CMを流しているメジャーな企業なら普通に働けるだろうと消費者金融に入社した。ところが、そこは彼らが思い描いたような職場とはほど遠い場所だった。ある者は病み、ある者は完全に壊れた。五体満足で逃げた清水さんはラッキーである。
「その後も転職を繰り返しました。事業者金融とか、シロアリ駆除とか、アパート投資とか、どれも上場企業で立派なビルの会社だったけど、いわゆるブラック企業ばかり」
清水さんの転職は挙げた他にも多数あり、尋常な数ではない。逆によく採用されたものだと思うが、転職回数など問われない会社ばかりだったという。若ければ誰でもウェルカムとはいっても、なかなかハードな会社ばかり、並の精神なら早々にぶっ壊れてそうなものだ。
「いまの若い子は大事にされるよね。僕のころは募集すればどんな会社でも殺到するから使い捨てだった。ほんと羨ましいし、理不尽ですよ」
1990年代から2000年前後、転職市場は完全な買い手市場だった。新卒で働き始めても、望まない就職先だったゆえに転職を繰り返した者もいた。しばらくして2006年『若者はなぜ3年で辞めるのか?』という新書がベストセラーとなるが、それ以前から新卒の短期間退職は問題となっていた。のさばるブラック企業のせいではなく「我慢が足りない」「今どきの若者」として被雇用者側、労働者のせいにされた。
「どれも短期で辞めてますからね、結果がすべての会社ばかりですが、僕はどこに行っても成績が悪かったからクビになっちゃうんです。ド田舎に飛ばしたりイジメでクビにしたりしますから、その前に辞めます」
清水さんが、本人が言うほど成績が悪い働きぶりだったかは疑わしい。というのも結果主義、実力主義を悪用するブラック企業が後を絶たなかった時代で、不条理な雇い止めや不法な解雇が横行していたからだ。本当は問題無い働きぶりだったにもかかわらず、報酬を上げたくないために言いがかりをつけて労働者を追い込み、利益を確保する企業があたりまえに存在した。清水さんは、追い込まれる前に回避したと語るが、当時はつらい思いばかりだったろう。
「首吊った同僚もいますよ。ほんとひどい会社、ひどい時代だった」
そうして転職を繰り返して30代後半を迎えたあたりから、転職先で年下が上司だったり、指導役になり始めたという。
「新卒で入社して勤め続けている生え抜きのプロパーだからって威張ってるんですよね。だいたい体育会系でバカ。ブラック企業はそんなのばっかり残りますから」