◆「おばあちゃんになるまで高座に上がりたい」
そんな貞鏡さんがこだわるのは、「初めてでもわかりやすい講談」だ。講談は史実にまつわる読み物を針小棒大に話して聞かせるが、「難しくてわからない」との声が少なくない。
「私は歴史に詳しくなく、素人のときに講談会へ足を運ぶうちに、ぶっちゃけ“よくわかんない、眠てー”と思ってた時もあったんです。だから演者となった今はお客席に初心者っぽい方がいると、話の途中で『いまのわかりました? 私も最初はわからなかったんです』と合いの手を入れ、『ああ、わからないのは私だけじゃないんだ』と安心してもらえるよう心がけています。このやり方を邪道と言う方もいるけど、私は自分が初めはよくわからなかったから、昔の自分でもわかる講談をめざしています。最初の躓きをなくせば、絶対に講談は面白いと思ってもらえるはずだから」(貞鏡さん)
プライベートでは2016年に結婚して一児の母となった。色眼鏡で見られることを嫌って高座で私生活を明かすことは少ないが、母になって変わった面もあると優しく笑う。
「出産時の助産師さんがとても優しくて女性らしい柔らかさを持った方だったんです。それまでは毒婦伝のように啖呵を切るのが女性の強さだと思っていたけど、出産を通じて、柔らかな強さが女性の真の強さだと新たな発見をしました。それと母親になり、子供が出る話にすごく感情移入するようになりました。
愛する子をひとり立ちさせるためにわざと厳しく接する『中江藤樹の母』や、義理を果たすために倅を犠牲にせんとする『天野屋利兵衛』の話は気恥ずかしく、聴くのも演じるのも興味が無かったけど、子供が生まれると心に沁みた。わが子がこんなに愛おしいとは思わなかったし、これからは出産や育児で経験したことを、時と場所を選んでネタにして、高座で話す会も作りたい」(貞鏡さん)
人生経験を増すことで講談師は成熟していく。「おばあちゃんになるまで高座に上がりたい」と語る貞鏡さんの講談は、この先さらに味わい深いものになるはずだ。
●取材・文/池田道大(フリーライター)