『ぞろぞろ』とは逆に談志が「嫌いだ」と手を着けなかった噺だが、志の輔は「ここぞ」という場面で『八五郎出世』を掛ける。去年の武道館でもそうだった。志の輔は冒頭から独自の演出をふんだんに加え、従来の「お約束」のやり取りを全面的に排除、八五郎が酒を飲む場面を集中的に描く。ここで志の輔が見せる「だんだんと酔っていく八五郎」のリアルな描写は絶品だ。母親を想い、妹を気遣う八五郎の台詞は全編オリジナル。笑いを交えながら聴き手を引き込み感動を高めていく展開の妙は「志の輔らくご」の真骨頂だ。
それまで黙って聞いていた妹のお鶴が口を開くラストの演出も独創的で、八五郎が武士に出世しないことでサゲているため『八五郎出世せず』と呼んだり『新・八五郎出世』と表記したりしていたが、今回は単に『八五郎出世』。ちなみにこの落語、弟弟子の立川談春も独特な演出で十八番としているが、演題としては『妾馬』の方を用いている。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2020年3月27日号