◆運命の対面の舞台裏
だが撮影中に予期せぬ事態が起こる。孫が中国当局に逮捕されたのだ。体調悪化で釈放されたが当局の手が迫り、国内にとどまっていては危険な状況だった。そこで2016年12月に孫は監視の目をすり抜けて中国を出国し、インドネシアのジャカルタに到着した。
2017年春、8000キロを旅した手紙を受け取ったジュリーがジャカルタを訪れ、孫と運命の対面を果たした。手紙を見つけてくれたおかげで中国の実態が報じられたことに「多くの中国人を代表して感謝したい」と孫が伝えると、「手紙は私の人生を変えた」とジュリーが語る。ふたりが穏やかで温かい抱擁を交わすシーンは、この映画のハイライトである。
「実際の対面がどうなるか、まったく予想がつきませんでした」と振り返るのはリー監督。
「おとぎ話は現実の世界ではうまくいかないこともあります。まずは様子を見ようとしたら、ふたりは出会った瞬間から、まるで古い友人のように絆が深かった。コミュニケーションも問題なく、家族や趣味、これからの計画などをずっと話していました」(リー監督)
様々な不測の事態が生じるなか、孫が撮影した中国国内の貴重な映像や孫とジュリーの対面の模様、馬三家労働教養所での強制労働や拷問の実態などを織り込んだ映画『馬三家からの手紙』が完成した。リー監督はこの映画で伝えたかったことについて、こう述べる。
「映画を見る人には、どれだけひどいことをされても誰も恨まなかった孫さんという人間のことを知ってほしい。彼の勇気の一部だけでも伝えるのが映画の使命です。たったひとりの人間の小さなアクションがどれだけの影響力を与えるかを知ってほしい。この映画そのものが、孫毅からの手紙なんです」
当局の弾圧に屈せず、命がけで中国の実態を伝えた孫。ジュリーが帰国した後、彼は国連の難民保護のもとで、アメリカかカナダのビザを取ろうと申請していたが、映画の最終盤で衝撃の事実が告げられる。孫の身に何が起こったのか──ぜひ映画館で確認してほしい。(文中一部敬称略)
●取材・文/池田道大(フリーライター) 通訳/鶴田ゆかり