◆北京のエンジニアとオレゴンの主婦
リー監督のネットワークが探し出したのは、北京に住むエンジニアの孫毅(スン・イ)だ。スカイプを通じてリー監督と対面した孫は、自らのプロフィールを語った。
石油会社に勤務するエリートだった孫は1997年から中国気功・法輪功の学習者となった。その後、中国共産党は法輪功を「非合法」にして弾圧を開始し、孫は会社を懲戒解雇されて当局の監視対象になった。北京五輪を控えた2008年には締めつけがさらに厳しくなり、迫害に負けず法輪功の広報活動を続けていた孫は同年2月に馬三家労働教養所に送られた。
そこで待っていたのは、休日抜きで1日15時間以上も続く強制労働と洗脳工作だった。孫は何度も失神するほど体を引っ張られたり、両手を固定されて昼夜吊るされるなど凄惨な拷問を受けたが、決して自らの信念を曲げなかった。こうした強制労働や拷問の様子は、映画の中で、孫自身が作成したイラストをもとに再現されている。
筆舌に尽くしがたい日々の中、毎日の労働で作製するハロウィンの飾り物が英語圏に輸出されることに気づいた孫は、夜中に厳しい監視の目をくぐってベッドの中で労働教養所の実態を手紙に綴り、こっそり箱の中に入れた。決死の覚悟だったが、幸いにして看守に見つかることはなく、孫は2年半の「刑期」を終えて釈放された。
その手紙を遠くアメリカに住むジュリーが奇跡的に発見すると、国際社会は中国に厳しい目を注ぐようになり、2013年11月に中国は馬三家労働教養所を閉鎖したが、法輪功の迫害はやめなかった。2016年にリー監督と初めてスカイプで対面した孫は、法輪功迫害の実態を世界に知らしめる映画をつくるため、自ら中国国内で撮影することを提案した。
「孫さんの身の危険を考えて、映画制作に踏み込んでいいのか悩みましたが、彼は『中国の現状を世界に伝えて法輪功への迫害を止めるには、リスクを負っても映画を作るしかない。私は中国のリアリティを伝えたい』と申し出ました。そこで私がスカイプで撮影技術を教えて、彼が撮影することになりました」(リー監督)
こうして極秘裏に映画制作が始まった。孫と複数の協力者がキヤノンの一眼レフやiPhoneで中国国内をひそかに撮影し、撮りためたデータは暗号化してリー監督に渡した。