興味深いのは、男性の「産まない権利」が認められた一方で、A氏と生まれた子との間に父子関係が認定されていた点である。
今回の裁判とは別に、A氏が生まれた子との法的な父子関係がないことの確認を求めた訴訟では、大阪家裁が昨年11月に「同意があったとは言えないが、法律上の父子関係を否定することはできない」として請求を棄却している。
過去にも、A氏と同じように凍結保存していた受精卵を夫婦関係が悪化した後、別居中の妻が無断で使って妊娠、出産したとして、奈良県に住む外国籍の男性が生まれた子との間に法的な親子関係がないことの確認を求めた訴訟があった。こちらも2019年6月、最高裁が上告を棄却し、父子関係を認めた1、2審判決が確定した。
◆養育費や財産分与の義務
福永法律事務所の福永活也・代表弁護士が指摘する。
「妻が夫に無断で受精卵を移植して出産した子でも、父子関係が認められれば、離婚後の養育費の支払いや財産分与の義務が生じます。なので、“無断移植”でも父子関係が認められてしまうと、父親の負う責任は発生するのです」
こうした事情があるゆえ、福永弁護士は「夫に無断で体外受精した場合は、法律上の父子関係を否定すべき」と唱える。
「生殖補助医療において、男性側が自ら同意して承諾しているかということは、男性側の自己決定権において非常に重要です。ですから、本来、子を持つ意志がない男性に対して、出生した子との間に父子関係を認めることは避けるべきです。そして夫の同意が認められないケースについては、父子関係を否定すべきではないかと考えます。
しかし、例えば嫡出否認の訴えという制度を類推適用することなどが考えられますが、現行法の中ではやはり難しいのが現状です」