国内

コロナ騒動の中で振り出しに戻ったハラスメントリテラシー

新型コロナにより新たなハラスメントも(AFP=時事)

 作家の甘糟りり子氏が、「ハラスメント社会」について考察するシリーズ。今回は、いまだ出口の見えないコロナ禍の中で感じた差別意識について言及する。

 * * *
 ちょっと咳をしただけでも、もしかして罹患したのかと不安になる。新しい情報が欲しいから、ついテレビやSNSをチェックする時間が増える。ネガティブな情報に触れては、また不安に…。日々、その繰り返し。そんな中、SNSでは、いまだに新型コロナウイルスを「武漢ウイルス」だの「チャイナ・ウイルス」だのと呼ぶ人が少なからずいて、いやな気持ちになる。トランプ大統領は3月24日に訂正を表明するまで、チャイナ・ウイルスと連呼していた。

 全世界を襲っているこのウイルスは中国の武漢から始まったとされている。当初、2019年12月に武漢の海鮮市場で働く女性が初めての感染者だと報じられたのだ。その後、コロナ騒動が世界に飛び火してから、11月に武漢のある湖北省の男性が感染しており、これが最初だという報道もあった。5月6日付のフランスの新聞では、パリ郊外の病院が肺炎で入院歴のある患者の検体を再検査したところ、2019年12月に入院した男性の陽性が判明したというニュースも流れた。この男性に中国への渡航歴はない。

 何しろ未知のウイルスだから、情報も混乱してしまう。刻一刻とアップデートされる。しかし、いずれにしても、中国での感染が拡大した初期の段階で中国側が詳細を隠そうとしたことは明らかであり、その点で批判されるのは仕方がないと思う。だからといって、ウイルスの呼称に地名をつけるのはずいぶんと野蛮な行為だ。

 WHOが2月11日、ウイルスの正式名称を「COVID19」と発表した。特定の地域や国の名前で呼ばれてしまうと偏見を生むからである。同時に、その地域に行かなければ感染しないという誤解を与えかねないのも理由だ。

 やっと差別は恥ずかしいことだという当たり前の方向に世の中が進んでいたのに、コロナ騒動によって後退してしまったように感じるのは私だけだろうか。まだこれからだったのに、振り出しに戻った、というか。

 あるきっかけで定期的に投稿を目にする人(著名人ではない)がいて、プロフィールによれば新聞社で働いていたそう。海外の新聞記事やテレビ報道もたくさんチェックしていて、情報は豊富にお持ちだ。それを踏まえての分析は理論的で、意見は説得力がある。新しい世の中に対応した柔軟な考えが読み取れる。それなのに、当たり前のように「武漢ウイルス」と書く。その一言で、一気にその説得力も失われてしまう。まさか、WHOが特定の地域とウイルスを結びつけて呼ぶことに警鐘を鳴らし、「COVID19」と名付けたことを知らないわけでもないだろう。なぜ、この人がかたくなに(と、私には思える)、武漢ウイルスと呼ぶのかわからない。

「チャイナ・ウイルス」「武漢ウイルス」と呼ぶ人たちは、ここぞとばかりに中国の揚げ足を取ろうとしているように思える。日頃のうっぷんを、中国を批判することで晴らそうとしている。いや、批判なんてちゃんとしたものではなく、悪口。場合によっては八つ当たりに近いかもしれない。もちろん、世の中に批判は必要だと思う。きちんとした要因と理屈があって批判するなら、それはまっとうされるべきだ。

 そして、どこか特定の国や地域の文化が好きか嫌いか、というのは悪いことではないと思う。正直いって、私にも苦手な文化はいくつかある。けれど、嫌いだからといって、全否定する権利は誰にもない。自分が好きではない国もしくは地域を下げることによって、自分の住んでいる国もしくは地域を優位に立たせるのは虚しい行為である。

 もし、自分が住んでいる地域もしくは自分の育った街が感染病の名前になったら、と想像してみるといい。どこに住んでいるんですか? ○○です。ああ、あの○○ウイルスの。なんて会話があったら、たいていはいやな気分になるだろう。初期の詳細を隠そうとしたのは政治家や国の幹部であって、武漢の市民ではないし、中国の国民ではないのだ。

 ニュースでは、毎日毎日、各国の感染者や死亡者が競うように報道される。まるで負の競技大会のようだ。国内の感染状況も地域ごとの報道になり、どうしても「自分の住んでいる場所」を意識せざるを得ない。自由な移動もままならない今、アドレス・ホッパーなどと呼ばれる人たちがいたことが、遠い昔のように思える。このウイルスは進み過ぎた世の中への揺り戻しなのだろうか。

 そんな揺り戻しに抵抗するにはまず、特定の国や地域をつけてウイルスを呼ばないことである。

※甘糟りり子氏の作品『中年前夜』と『エストロゲン』が5月31日までの期間限定で無料公開中です。詳細はAmazon Kindleストア「【2020年春】無料本特集」をご覧ください。

関連キーワード

関連記事

トピックス

小林ひとみ
結婚したのは“事務所の社長”…元セクシー女優・小林ひとみ(62)が直面した“2児の子育て”と“実際の収入”「背に腹は代えられない」仕事と育児を両立した“怒涛の日々” 
NEWSポストセブン
松田聖子のものまねタレント・Seiko
《ステージ4の大腸がん公表》松田聖子のものまねタレント・Seikoが語った「“余命3か月”を過ぎた現在」…「子供がいたらどんなに良かっただろう」と語る“真意”
NEWSポストセブン
今年5月に芸能界を引退した西内まりや
《西内まりやの意外な現在…》芸能界引退に姉の裁判は「関係なかったのに」と惜しむ声 全SNS削除も、年内に目撃されていた「ファッションイベントでの姿」
NEWSポストセブン
(EPA=時事)
《2025の秋篠宮家・佳子さまは“ビジュ重視”》「クッキリ服」「寝顔騒動」…SNSの中心にいつづけた1年間 紀子さまが望む「彼女らしい生き方」とは
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(AFP=時事)
《大胆オフショルの金髪美女が小瓶に唾液をたらり…》世界的お騒がせインフルエンサー(26)が来日する可能性は? ついに編み出した“遠隔ファンサ”の手法
NEWSポストセブン
日本各地に残る性器を祀る祭りを巡っている
《セクハラや研究能力の限界を感じたことも…》“性器崇拝” の“奇祭”を60回以上巡った女性研究者が「沼」に再び引きずり込まれるまで
NEWSポストセブン
初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
指名手配中の八田與一容疑者(提供:大分県警)
《ひき逃げ手配犯・八田與一の母を直撃》「警察にはもう話したので…」“アクセルベタ踏み”で2人死傷から3年半、“女手ひとつで一生懸命育てた実母”が記者に語ったこと
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン