試合後、学校には苦情の電話が殺到し、登板回避は賛否両論の大騒動に発展した。國保の采配に、佐々木やバックを守るナインは納得していたのか──私はその疑問が拭いきれず、拙著『投げない怪物』(小学館刊)などで問題提起を続けた。
以来、國保とは冷戦状態にあった。U-18W杯が開催された韓国でも、秋季岩手大会でも、私の質問に無言を貫いた。采配の真意を、部内での真実を、私はただただ知りたかった。2020年夏、沿岸南地区1回戦に10対1で勝利したあと、國保は開口一番、私にこう告げた。
「昨年、私のバントの指示を批判されましたよね? 実はあれ、サインミスだったんです」
昨春の岩手大会のこと、一死1、3塁のチャンスで國保は、前の打席で本塁打を放っていた5番打者にスクイズではなく、送りバントを命じた。國保は当時、「6番以降の打者にチャンスで打席に立つ経験を積ませたかった」と説明。私はこれを迷采配と書いた。そのことを言っているのだろう。
「今日もサインミスが5、6個ありました。それでも選手は必死で戦ってくれた」と話し、「今日は正直に話します」と笑った。國保からの歩み寄りに一瞬たじろいだものの、私はずっと消えなかった疑問をぶつけていった。
「佐々木とは話していない」
佐々木を決勝のマウンドに上げない決断は当日の朝に下したという。
「歩き方を含めた彼の様子を見て、決めました。高校3年間で一番、ケガのリスクがあるな、と。球が速い彼の場合、肩やヒジだけでなく、身体のどこに故障が出てもおかしくないですから」