岸は孫の晋三を溺愛していた(写真/共同通信社)

 安倍寛は角島の隣の旧日置村(現在は長門市油谷)で多くの田畑や山林を所有する地主(庄屋)の家に生まれ、戦前、日置村長や山口県議、衆院議員を歴任、1946年(昭和21年)1月に議員在職中のまま病気のため死去した。享年51。戦後の第一回総選挙に出馬を準備しているさなかだったとされる。

 角島小の旧校舎が建て替えられたのは45年(昭和20年)3月であり、寛の“最後の仕事”だった。当時、長男の晋太郎は20歳。晋三が誕生する9年前のことだ。

 晋三は「政治家としてのルーツ」として母方の祖父・岸信介のことは折に触れて熱く語ってきた。著書『美しい国へ』(文春新書)でも、岸との思い出が多く語られている。ところが、「昭和の吉田松陰」「今松陰」とも呼ばれたもう一人の祖父・寛については、ほとんど語ったことがない。幼い頃から可愛がってもらった岸と違って、寛は自分が生まれる前に亡くなっていたという事情があり、それはある意味自然かもしれない。

 しかし、それだけが理由とは思えない。

 晋三の父で外務大臣や自民党幹事長など要職を歴任した晋太郎の番記者を長く務めた筆者は、晋太郎時代から安倍家に仕えたベテラン秘書がこう嘆くのを聞いたことがある。晋三が父の後継者として旧山口1区から衆院選に出馬した時のことだ。

「選挙区の古い後援者には岸さんより寛さんのほうが、はるかに人気があった。それなのに晋三君は岸さんのことばかり。だから、本人に『あんたは岸のことばかりいうが、安倍家のおじいちゃんは寛さんだ。戦争中、東條英機に反対して非推薦を貫いた偉い人だ。もう少し寛さんのことも言ったらどうか』と何度も伝えたのだが、頑として言おうとしないんだな」

 それどころか、晋三が祖父・寛の存在から目を背け続けた結果、現在、山口では寛の足跡を研究することさえ“タブー視”されるようになっているという。地元の有力な郷土史家が匿名を条件に語ってくれた。

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