芸能

北野武が語る「コロナ時代の閉塞感」との向き合い方

俺は勇気がなくて、逃げたんだ

 こう話すと、「北野武は新宿で感化されて芸の道を目指すようになった」──そう解釈されるかもしれない。でも、実態はそんなにカッコいいもんじゃなかった。

 当時、ジャズ評論にかかわろうか、それとも映画関係に進もうか、なんて考えたこともあった。新しい文化に触れたいんだったら、唐十郎や寺山修司のところに行ったっていいはずだ。

 結局のところ、俺にはその勇気がなくて、逃げたんだ。憧れだけはあるけれども、実際にアングラ芸術や文化的なものを自分でやれるのかというと話はまるで違う。その一歩を踏み出すことができなかった。

 だけどなぜだろう、行き詰まったときに上野で落語を聴いたり、浅草で演芸を見たりすると、「これなら自分にもできるかもしれない」とイメージができた。それは新宿の文化と違って、自分が生きてきた下町の世界と地続きだって気がしたんだ。

 俺はだいぶ後になって、「浅草」や「漫才」という自分にとって「第一志望じゃなかったもの」を根城にして、映画だとか芸術みたいな分野に攻め込んでいくことになる。あくまで結果論だから、それが正解だったのかはわからない。だけど「急がば回れ」ってことが人生にはあるんだよな。すぐに夢が実現するのが幸せだとは限らない。

 若いときはとくにそうだけど、人間、「一番好きなことができないと、もうお先真っ暗」って考えちまうことも多い。

 だけど仕事の成功っていうのは、あくまでも「他人の評価ありき」であって、一番好きなもの、自分がのめり込めるものでそれを得られるとは限らない。

 もしかしたら「自分が一番好きなこと」じゃなくて、「二番目か三番目に好きなこと」くらいのほうが、自分を客観視できて成功する可能性も高いかもしれないんだよな。

利かなくなったアドリブに、絶望している暇はない

 最近俺はよくピアノを弾いている。もう小学生がやっているのと同じようなレベルでやっている。だけど心の中では、死ぬまでにちゃんとした交響曲を弾いてやろうとか、フジコ・ヘミングみたいな演奏をしてやろうとかそんな野望を持ってるわけ(笑)。

 無理かもしれないことは自分が一番よくわかってるんだけど、それでもやるのが大事なんだよね。「他人からの評価」じゃなく、自分が決めたところに向かっていく。そう考えることができれば、どんな小さなことでも、それだけで「生きていく理由」になるんじゃないか。

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