加藤コーチの指導

金メダル候補といわれたリオ五輪。「加藤コーチからは、『金メダルを獲れなかったら日本まで泳いで帰れ』と言われていました(笑い)」と話す金藤(写真/共同通信社)

苦しい経験は心を強くする

 ただ、その後もコーチからは、「お前の勝ちに対する思いは、ほかの選手たちよりも低い!」と言われていました。私が育ったスイミングクラブは、勝ち負けよりも成長していく過程を大切にしていたので、ほかの選手より勝ちにこだわる気持ちが弱かったのかもしれません。

 心を入れ替え、再出発を期した私に、コーチは「世界一になるために世界一の練習をするぞ!」と言い、練習量を倍に増やしました。代表合宿でもほかの選手が水中で3時間、陸上で3時間練習するとき、私は1時間ずつ多く練習をしました。

 そんな地味で地道な練習を積み重ねた結果、リオ五輪の代表に選ばれ、幸いにも「金メダル候補」といわれるまでになれたのです。

 ただ、私以上に加藤コーチはプレッシャーを受けていたのか、50才(当時)でどんどん白髪が増えていきました。そんなコーチのためにも「なんとか金メダルを!」という気持ちが高まっていきました。

<リオ五輪では「前しか見ない」と攻めの気持ちで臨んだ。そして、決勝では2位の選手に1秒67の差をつけて見事優勝。苦しい6年半が報われた瞬間だった>

 私はロンドン五輪に出るために、その前年に、一歩ずつ前に進もうと思って「一歩」というテーマを掲げましたが、ロンドン五輪の代表にはなれませんでした。せっかく前向きになりかけていたのに、自己ベストも更新できず、「人生真っ暗だな」とまた落ち込みました。そんな私を救ってくれたのが、周りの人たちです。

 人は誰しも暗闇にいるような状態に陥って、一歩も先に進めないように感じることがあります。でも、前に進めなかったとしても、決して動きを止めず、その場で100歩でも、200歩でも足踏みを続けていることが大事だと思うのです。

 私の場合、抜け出せない暗闇の中で、ただただ足踏みを続けていたら、コーチはじめ周りの人が引っ張ってくださいました。その力で歩を進めることができました。

 苦しくても下を向かず顔を上げていれば誰かが必ず手を差し伸べてくれるのだということを、競技を通して私は学びました。そして、周りのかたがたに心から感謝しています。

 金メダルを取ったことで、私の経験をいろいろな人に伝えられる機会が増えました。だから、金メダルは私の武器。無駄なことはひとつもなかったと胸を張って言えます。

【プロフィール】
金藤理絵(かねとうりえ)/1988年9月8日生まれ、広島県出身。2011年3月、東海大学体育学研究科体育学専攻修士課程修了。競技種目は女子200m平泳ぎ。広島県立三次高校3年生のときに、2006年インターハイにて優勝。東海大学体育学部体育学科に進学後、2008年日本選手権で2位となり、北京五輪代表入り。2009年世界選手権5位。2016年リオ五輪にて金メダル獲得。2018年3月引退。現在は全国各地で水泳指導や講演を行う。2017年に結婚、現在1児の母。

取材・文/廉屋友美乃

※女性セブン2020年11月5・12日号

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