日本はなぜ核兵器禁止条約を批准しないのか
杉村:ただ日本は、核兵器を全面禁止する核兵器禁止条約を批准していません。なぜ批准しないのですか。
岸田:核兵器禁止条約には核兵器の保有国が参加していません。本当に核兵器のない世界を目指すには、核保有国が参加する条約が必要です。日本だけ参加するのではなく、アメリカはじめ核保有国をテーブルにつける努力をしないといけない。核を持たない国がいくら理想を語っても現実は変わりません。
杉村:でも日本は唯一の被爆国なのだから、核兵器禁止条約を批准して世界をリードすればいいのでは。
岸田:核兵器禁止条約はゴールです。運動会の駆けっこを考えてください。ゴールを決めても、子供たちがそのゴールに向かって走り始めなければ意味がありません。「俺たちは、もうゴールに来てるよ」と核兵器を持たない国々がいくらいっても、核兵器を持つ国々がスタート地点に立って、しかも走り出さないと、結局意味がないのです。日本の役割は、核兵器保有国をこのスタート地点に立たせ、しかも、一緒に走ってゴールに導くことです。
杉村:なるほど。でも、まず、日本はゴールにたって、ゴールの側から核兵器保有国を「こっちに来な」と誘ってもいいんじゃないですか。
岸田:日本はアメリカの核に守られているから、条約を批准すると「じゃあ核の傘はいらないんだね」ということになってしまう。日本としては、アメリカの核が不必要になる環境を作りつつ、「一緒に核兵器禁止条約に入ろう」と核保有国を説得する必要があり、一人で参加しても目的は達せられません。
杉村:ではバイデンさんが大統領になったら、岸田さんのライフワークでもある核廃絶が進むと期待できますか。
岸田:トランプ大統領になって逆方向に進みましたが、先ほどもお話したとおり、もともとアメリカは、核兵器が存在する限り自国民を守れないとの危機感があるからこそ、核兵器をなくそうと考えてきました。もちろん、バイデンさんもそうした思想の持ち主です。彼ひとりの理想や夢ではないので、日本も含めて努力を続ければ、核廃絶は決して不可能ではありません。
◆対談を終えて
杉村談:岸田さんとじっくりお話をしました。話せば話すほど、とにかくいい人。バイデン次期大統領を一番知っているのは自分だ、と言ったって嘘ではないのに、何度水を向けても大げさなことは言わない。核の問題についても、オバマ大統領(当時)を広島に連れてきた成果をひけらかすこともない。とにかく、虚勢を張らず、大言壮語せず、嘘をつかない、いい人。永田町は、自分が自分がの猛獣の世界、いい人は生き残れないと言われる。でも、その猛獣の世界が騙し合い、足の引っ張り合い、対立や分断でどうにもならなくなったとき、皆が安心して、そして、皆を団結させられる人として永田町では期待されているのかもしれない、と思った。次回(11月19日配信予定)は、そんな岸田文雄をさらに深掘りする。
撮影/浅野剛 構成/池田道大