人の好みや選択はすべて数式で表せる!
マーケティングの本質は、エンターテイメントのジャンルに限らず、何であれすべて同じだと思っています。なぜなら、決めているのは人間だからです。
人間が何かを選ぶ時の脳の構造は実は同じで、一定の数式で表すことができます。例外があるとすれば、たばこなど中毒性のある嗜好品やギャンブルです。これらは数式にあてはまりませんが、そうした例外以外は、『負の二項分布』という数式ですべて表せます。消費者の選択の確率はこの『負の二項分布』の法則に支配されています。ここに私のベースとなる考え方があるのです。詳しくは私の著書『確率思考の戦略論』をご参照ください。
その点はP&G時代、シャンプーなどの消費財をやらせていただいて、当該世界で数式があてはまることは確認できました。後にUSJからお声がけいただいた時、USJはP&Gと違って、売っているものが手に触れられる商品ではなく、感動や心を売っている世界ですから、まったく違う分野でも負の二項分布の数式があてはまるのか、USJに行って実際に試してみたいと思ったのです。
マーケティング理論は、私にとって体の背骨みたいなものですが、エンターテイメントは、ほかの事業とは違うインパクトがあることを知りました。
たとえば、カップルがジェットコースターに乗ったらめちゃくちゃ仲良くなれる。あるいは夫婦で言い合いなどの口喧嘩をしていても、ジェットコースターに2人で乗ると仲直りができる。非日常世界での感動を共有する体験がテーマパークですが、この体験が人の記憶や人生の彩をいかに豊かにするかを学んだわけです。
もっと言えば、エンターテイメントがなければ、人は生きていけない。いまはコロナ禍で、よく不要不急な外出は控えるべしと言われていますが、エンターテイメントは、不要でも不急でもないと信じています。
なぜなら、1つの笑顔、1つの感動が人の気持ちを決定的に変える力になるからです。その元気が次の活力になる。これは、社会を動かすエネルギーになることだと言い換えてもいいでしょう。
社会を動かし、活力を生み出す装置としてのエンターテイメントの世界はとても素晴らしい。どんな商材であれバリューチェーンがあるわけですが、人を巻き込んでいく、あるいは介在させる人の範囲が、エンターテイメントの世界は尋常ではないくらい大きいんです。だからこそ、私はテーマパークの再生や創造にやりがいや使命を感じているのです。
【プロフィール】
森岡毅(もりおか・つよし)/1972年生まれ。神戸大学経営学部卒業後、P&G入社。ブランドマネージャーとして日本ヴィダルサスーンの黄金期を築いた後、2004年にP&G世界本社に転籍。ウエラジャパン副代表を経て2010年にUSJ入社。CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)、執行役員、マーケティング本部長を経ながらUSJ再建に尽力。2017年に「株式会社 刀」を設立し、森岡流マーケティング手法を多くの企業に移植している。著書は『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』ほか多数。12月14日に『誰もが人を動かせる!あなたの人生を変えるリーダーシップ革命』(日経BP社)を発売。
●取材・文/河野圭祐(経済ジャーナリスト)
●撮影/内海裕之