「デジタル=効率化」だけではなかった
一方でデジタルならではの「弱み」も業田氏は感じている。
「理想の線は引けるけど、あまりきれいすぎると人間味がなくなります。背景の建物に写真を取り込んで加工するやり方もありますが、僕はやりません。トーンによるグラデーションもデジタルは白と黒の間にグレーが入ったような仕上がりになり、絵ではなく写真のような感じになります。それでは漫画でなくなるような感じがするので、僕はあまり使いたくありません。漫画には“手描きっぽさ”を残しておきたいんです」
マンガに限らず、どの分野でもデジタル化されるとアナログで行っていた煩雑な作業が効率化されて、完成までの時間が短くなるケースが目立つ。だが業田氏の場合、作業時間は短くなるどころか長くなったという。
「デジタルは上手に使えば時短になるのでしょうが、僕はこだわったらとことんやってしまい、どこでやめていいかわからなくなる。その結果、手で描くより時間がかかっています。通常、4コマ漫画は手描きだと1本4時間くらいで書けますが、デジタルでやると逆に時間がかかって12時間くらいかかることがあります。『4こわ漫画』も全20話のうち前半10本はフルデジタルでしたが、“これじゃ締め切りに間に合わない”と思って、後半からはペン入れまでを紙に描き、それをパソコンに取り込んでデジタルでトーンやベタを仕上げるやり方に変えました」
陽性者数をファックスで報告するような一連のコロナ対応をみても、デジタル化は日本社会にとって喫緊の課題だ。とはいえ長年、同じやり方を続けてきた人ほど、成功体験が足かせになって新たなチャレンジをしにくくなる。それでも業田氏が勇気をもって一歩を踏み出し、試行錯誤しながらデジタルに移行した背景には、「新しい漫画を描きたい」という熱い思いがある。
「世の中がデジタルだらけになるなか、デジタルに対応できないと変化についていけない気がしたんです。僕はスマホやデジタルならではの表現が絶対にあると思うし、それを見つけることでまた新しい漫画が描けるんじゃないかと思う。道具が変われば、漫画にも新しい発想が出てくるはずですし、実際に『4こわ漫画』では新しい取り組みができているという手ごたえもあります。
漫画業界もどんどん新しい作家が出てくるので、これまでと違うものを描かないと飽きられます。自分で描いていても、新しいところがないと面白くないんですよ」
何やら難しそうだとデジタルを敬遠する人も多いが、デジタルは手段にすぎない。大切なのは、新しい手法を取り入れることで、自分をさらに向上させようという強い気持ちを持つことなのだと業田氏の挑戦は教える。
【プロフィール】業田良家(ごうだ・よしいえ)/1958年福岡県生まれ。1983年、「ゴーダ君」でデビュー。主な作品に『自虐の詩』『男の操』『神様物語』『機械仕掛けの愛』などがある。『シアターアッパレ』『業田良家の「ガラガラポン!日本政治」』など政治風刺漫画も多数手がける。現在、「機械仕掛けの愛」(ビッグコミック増刊号)、「百年川柳」(ビッグコミック・オリジナル)、「それ行け!天安悶」(正論)を連載中。新作の4コマギャグ漫画『業田良家の「4こわ漫画」Season 1』をNEWSポストセブンにて公開中。
◆取材・文/池田道大(フリーライター)