グラドルから本格派女優を目指す西本ヒカル
1970年代の芸能界において「女優は脱いで一人前」とさえ言われていた。2025年11月に12枚目のイメージDVDを発売したばかりの西本ヒカル(25歳)は、現在はグラドルとして活動しながら本格的に女優として活躍する日を夢見ている。
「最近よく、事務所の社長と覚悟について話すんです」
覚悟とは何かと問うと「『すべてをさらけ出す』覚悟です」と言う。
かつてグラドルだった市川由衣が女優人生を賭けて挑んだ映画『海を感じる時』(2019年公開)は連日満席の大ヒット作となった。当時市川本人は「裸になるのは抵抗がなかったと言えば嘘になるけど、この作品は肌が見えなかったらまったく成立しなかったし、ヒロインの痛みや苦しみは表現できなかった」と発言していたが、西本も「演技の中で脱ぐことで人の琴線に触れることは確かにある。私はそんな作品に出会えるなら、覚悟はあります」と胸を張る。
西本は熊本県中北部にある阿蘇山のほど近くの「周りにはトウモロコシ畑が広がり、公務員になることが正しい道という常識が根付いた町」で生まれ育った。芸能界を身近には感じられない環境だった。そんな町で生まれ育った彼女の覚悟はとても強いものだった。
「高校3年まで両親には芸能界への夢をひた隠しにし、大手芸能事務所が運営する専門学校に合格したことで『芸能界を目指したい』と泣きながら説得し単身上京しました。両親には頼れないので、それまで3つのバイトを掛け持ちして貯めた300万円を持って、イタリア料理店でアルバイトしながら郊外のアパートでひとり暮らしをしました。18歳で上京してから今まで一緒に遊ぶ友達もおらず、ひたすらバイトとオーディションを受けたりグラドルとしての撮影をこなしたりする日々でした」
故郷の方言がなかなか直らず、先生から「レッスンにならない」と言われた時もめげずに頑張った。オーディションの結果、ハリウッド俳優ニコラス・ケイジが主演した映画『プリズナーズ・オブ・ゴーストランド』に出演も果たしたが、コロナ禍もあり、出演作が続かなかった。
「両親の反対を押し切って出てきた手前、弱音を吐くわけにもいかなかったから実家に帰ることもほとんどありませんでした。コロナ禍などは心が折れそうになったこともあったけど『いつかきっと』という心ひとつでここまできました」
とはいえ両親と音信不通になっているわけではない。西本のデビューをどこからか聞いた実家近くのコンビニの店長が、西本のイメージDVDが発売されるたびに両親に情報を教えているのだという。
「お母さんからLINEで『この写真は本当にヒカルなのか』ときたので『そうだよ…』と答えたら『たまげたばい!』という言葉の後に汗マークの絵文字がついて返ってきました」
