一家の大黒柱がいなくなってから、柏木は「決断力」を求められるようになった。それまで、「明日のパーティーの服はどっちがいい?」などと、自分が着る洋服まで坂本さんにゆだねていたが、事故が起きてからは、子供の進学先や自宅の修繕、事務所スタッフのお給料など、柏木がリーダーとなって決めなくてはならなかった。そんな柏木に「夫が死ぬ前にやっておけばよかったこと」を尋ねると、意外な返答があった。
「主人の代表曲『上を向いて歩こう』は、『SUKIYAKI』という曲名で全米ビルボード1位になりました。多くの人に愛されているおかげで、いまでも曲に関する質問を受けることがあるんです。歌い出しの『上を向いて歩こうウォウ、ウォウ、ウォウ』の『ウォウ』の部分について、『どうしてあんなふうに歌ったのか、おわかりになりますか?』って。
エルヴィス・プレスリーに憧れていた影響や、長唄の影響、ヨーデルの裏声とかいろんな説があるようですが、そんなことは話したことがなかった。あまりによく質問されるので、生前に聞いておけばよかったと思っています」
些細なことと思うかもしれない。しかし、大切な人を突然失うということは、小さな疑問も二度と確かめられなくなるということだ。
「けんかしたり離婚する夫婦もいますが、それは本当に幸せなことで、死んだらけんかもできません。どれだけ幸せな家庭を築いていても、誰にだって“まさか”ということが起こるんです。今日という一日を大切な人と大切に生きてほしい」
涙がこぼれそうになったとき、ひとりぼっちで苦悩を抱える必要も、早く立ち直る必要もない。時間に身を任せることも必要だと柏木は語る。
「事故当初、『時が解決するよ』と人から言われたときは、『この悲しみがあなたにわかるわけがない』と悔しかった。ですが、35年という時の流れの中で、夫のいない生活に少しずつ慣れることができました」
2021年は始まったばかり。今年こそ夫と将来の準備について話し合ってみてはどうだろうか。その時間も、人生の貴重な瞬間だ。
※女性セブン2021年1月21日号