無観客の静まり返ったスタンド席、マスク姿の関係者、極度のプレッシャーなど、いつもと違うさまざまな要素が重なったこともあるだろう。だが、フリーの演技前の羽生選手の様子は、もっと大きな異変を感じさせるものだった。現場を目の当たりにしていたカメラマンが語る。
「“いざリンクへ”というときになって、羽生選手がなぜかリンクとは逆方向のウオームアップエリアに向かって行ったんです。“あれっ?”と思いましたが、彼は遠目にも具合が悪そうで、奥の方に行くと、マスクを外し、耐えるようにぎゅっと目をつぶっていた。かなり汗をかいているようだったし、唇も真っ青。“このままではリンクに立てない”と思ったのかもしれません」
何人かのスタッフが羽生選手の様子を心配そうに覗いたが、あまりの緊迫感に誰も声をかけることができなかったという。そして数分後、スケートリンクに降り立った姿は、明らかにいつもとは違っていた。
「いつもなら前髪を立たせるなど、きちんとヘアセットをして本番に臨みます。ところが、あのときは髪をおろしたまま。あえてナチュラルにという感じではなく、言葉は悪いですが、ボサボサだった。表情もうつろで、演技前からかなり呼吸も乱れていました」(前出・カメラマン)
4分間の演技を終えた羽生選手。結果は前述のとおりだ。あるフィギュア関係者が言う。
「終わった後は、ブライアン・オーサーコーチも声をかけられないほど疲弊していましたし、実際に試合後のインタビューで、羽生選手の口から発せられたのは、“すごい疲れました”という言葉でした。普段彼は“疲れた”と周囲にこぼさないので、驚きました」
前出のカメラマンは、「そういえば、フリーの日の羽生選手は最初からおかしかった」と振り返る。
「いつもなら試合の1時間ほど前にはウオームアップエリアに来ているのに、あの日に限っては、10~15分前にようやく到着した。もしかするとウオーミングアップをする体力もないような状態で、直前まで部屋で休んでいたのかもしれません」
試合後、ロシアのスポーツメディアはこう報じた。
「羽生は喘息の発作を抱えながらも、フリーを滑りきり、世界選手権の銅メダルを獲得した」