東京都内の超大手IT系企業に勤めるシステムエンジニアの山根仁さん(仮名・20代)も、実は孫会社に所属する契約社員で立場は非正規。特に激務で知られるエンジニア業界だが、親会社の正社員たちは残業代をたっぷりもらっている一方で、山根さんのような立場
になると、残業代が出ないどころか、給与も親会社正社員の3分の1程度だ。
「(働き方改革によって)残業ができなくなった正社員はブーブー言ってますが、我々の残業は以前よりも増えている。会社は『残業減達成』と社報などで威張っていますが、非正規の仕事は増えているので、我々にとっては実質的な給与減」(山根さん)
働き方改革についてはこれまでも社内のあちこちで議論されてきたが、眼前に仕事がある状態ではなかなか「改革」は進まなかった。だが、コロナ禍によって、正社員の出社日数も勤務時間が否応無しに減ると、その目標は呆気なく達成された。しかし、山根さんたち非正規社員組にとっては、改革もどこ吹く風。正社員が休んでいる間も、普通に出社し、正社員たちができなかった仕事を請け負うことで、仕事量は以前より増大している。
非正規社員も「会社の重要な一員だ」などという上司も、このいびつな「改革」についてはだんまりを決め込んでいるというのだから、山根さんが失望するのも無理はない。
残業だけでなく元々あった勤務時間も減らされた
同じように、普段は「大切な社員だ」と言われ続けながら、実際に「改革」が始まり、その欺瞞を痛感していると話すのは、神奈川県内の人材会社で働くパートタイマー・長峰ゆき子さん(仮名・40代)である。
「コロナ禍もあり、働き方改革と同時に経費削減も行おうというスローガンの元、実際に正社員も私たちの残業も減りました。パートタイマーとして残業はありがたかったのが本音だったのですが、働き方改革が進むと、残業だけでなく元々あった勤務時間もバッサリ減らされた」(長峰さん)
残業代もないため、勤務自体を減らされれば生活ができなくなる。わらにもすがる気持ちで上司に掛け合ったが、その返答は、長峰さんを奈落の底に突き落とすような冷酷なものだった。
「働き方改革の対象に、私たちは含まれていないと言われました。私たちが対象になっているのはむしろ『経費削減』の方で、いわばモノ扱い。私たちを減らすことで『経費』を圧縮すると。前は大切な仲間、といっていたのに、会社の財務状況が悪くなったとたんにこれ。目の前が真っ暗になりました」(長峰さん)
豊かな人たちがより豊かになることで、中間層、下層にもその恩恵の滴がしたたり落ち、その結果に社会全体がよくなるという「トリクルダウン」という理論は、時の総理も提唱した言葉である。働き方改革の例に当てはめれば、上位層に「改革」が広がれば、中間層や下位層にも改革の波が波及し、みんながハッピーに……という理屈になるのだろう。しかし現実はというと、中間層や下位層に負担を強いることで、上位層だけがその恩恵を受けているに過ぎない上部だけ、見た目だけの「改革ごっこ」が蔓延っているだけなのだ。