安倍前首相にはこんなエピソードもある。第一次政権時の2006年に訪中した際、歓迎夕食会で「ナマコのスープ」が用意されていることを知った大使館関係者が「ツバメの巣のスープ」に変更を要求。靖国神社参拝や歴史認識問題では強硬な中国が最終的に折れる形で、メニューが変更されたという逸話だ。
「中国側は『ナマコのスープは中国では珍重されている』と反論したが、日本側は『ツバメの巣』がもっとも格式が高く、続いて『フカヒレ』『ナマコ』という認識でした。外交では、ホスト国が来賓の要望を最大限受け入れることが慣例となっているのです」(西川氏)
東日本大震災後の2011年5月に開かれた日中韓3か国首脳会談では、夕食会のメニューに注目が集まった。時の菅直人首相は、中国や韓国が輸入を全面禁止する被災地の食材を積極的に取り入れ、安全性を世界に向け発信したのだった。
「中国・温家宝首相と韓国・李明博大統領を招いた夕食会では、千葉県産のカマスを使った小袖寿司、茨城のウドと宮城のアワビを使った炊合せなどが振舞われた。ほかにも岩手の前沢牛や青森の時鮭など、被災地の食材がずらりと並びました」(西川氏)
近年、中国・韓国は尖閣諸島や竹島を巡る問題で強硬な姿勢を取り続けているが、晩餐会でも領有権をアピールするメニューが登場することがしばしばある。
2017年、米韓首脳会談で初訪韓したトランプ大統領に用意されたのは、巨済島産の「焼きカレイ」「松茸ごはん」「韓国産カルビ」など。加えて、韓国が「独島エビ」と呼ぶ「ボタンエビ」の和え物が提供された。その後、米政府の指摘で韓国側は「独島」の文字を外したが、米国からは「極めて非礼だ」と非難の声が上がった。
また、韓国に続いて訪れた中国での夕食会では、「すじあら」の煮込み料理が登場。南シナ海で獲れる高級魚で、中国が領有権を主張するスプラトリー諸島では養殖が盛んに行なわれている。
トランプ大統領は就任前「中国の主席には晩餐会は不要。ビッグマックを出す」と豪語していたが、饗宴外交の演出は中国が一枚上手だったようだ。
今月11日から英国でG7が開催される。各国首脳が集うサミットで晩餐会のメニューは毎回注目の的だが、今年はコロナ感染防止の観点から、料理の品数や給仕の回数を減らすなど、規模が縮小されることになりそうだ。
「2008年の洞爺湖サミットでは、献立が豪華すぎるとして海外メディアから物言いがついた。英紙『インディペンデント』は“キャビアとウニを食しながら、G8首脳らは食糧危機を考える”と皮肉りました。かつて外交饗宴は庶民の目の届かないイベントでしたが、今では一つのメッセージになる時代なのです」(西川氏)
華やかな晩餐会の在り方が、大きく変わるかもしれない。