ブラック校則、中学に限ればその大半が公立中学である。当たり前の話で私立中の生徒は「お客さま」。まして程度の差はあれ、東京の私立中学はそれなりに高いレベルの子が入学してくるし、学校も一定レベルの偏差値と家庭環境の子を相手にすればいいので、一長一短あるにせよ荒れた公立中学のような「動物園」にはなりにくい。それに私立や中高一貫都立中は嫌なら途中で辞めて公立中に行く選択肢があるが、その逆は一般的ではないし嫌なら不登校にでもなるしかない。ちなみに町田市在住で私立中学受験を目指す小学生いわく「地元中学に上がったら殺される」とのことで、いまだに修羅の中学は存在するようだ。
「そんな中学もあるから校則で縛るのも仕方ないのかもしれませんけど、さすがにパンツチェックはねえ」
もっともな話で下着チェックなんて女子生徒も嫌なはずだ。声を上げるべきでは。
「それが生徒も声を上げないんです。娘は内申下げられたくないから我慢って言ってます。それが当たり前になっちゃうんですよ」
学校という社会から隔絶した閉鎖空間、生徒は機嫌を損ねて内申を下げられたくないと口をつぐみ、教師は与えられただけの立場を権威と勘違いする。まるでスタンフォード監獄実験だが、日本の一部の公立中学では当たり前に繰り返されてきた。もちろんkuniママさんの中学の話でしかないが、こうした中学がいまだ日本に存在することは事実だ。
「親もね、自分のころはもっと理不尽だったからマシなんて思っちゃうんですよ、日野さんも経験あるでしょう」
もちろんある。昔はもっとひどかった。筆者が中学生時代を過ごした1980年代の千葉(東葛地域)といえば「東の千葉、西の愛知」と呼ばれ管理教育で悪名を轟かせた。男子は3年間全員丸坊主、部活で負ければ校庭のど真ん中で炎天下に5時間立たされ、担任がぎょう虫検査陽性者(嫌いな生徒)の発表、日の丸のポールに抱きついて蝉のマネしろとミンミン鳴かされる。クラス対抗の歌声発表会で1位をとらなかったら全員コンクリートの上に放課後まで正座、男子女子関係なく殴る蹴るは普通だった。もちろん東葛地域でも学区や教師によってまともな人はいたが、まあ、いまと比べれば間違いなく酷かった。
「そういうのもありましたけど、今回の女子の下着みたいなデリケートな話ですよ」
つい私怨込みで興奮してしまいkuniママさんにたしなめられてしまった。そういえばkuniママさんも東葛地区(筆者の野田よりは東京寄り)なので、この程度の管理教育は当たり前か。なるほどそういう「デリケートな話」、あえて話そう。もう筆者もkuniママさんも40代後半、30年も前の話だからいいだろう。