さらに、文郎さんが最後まで身に着けていた腕時計も。
「入院中に看護師さんが外しましょうと言うと一度は外すんですけど、数分後にはまた着けていました。左手に着けていないと落ち着かなかったんでしょう。どうしても離したくなかったものだから、時計を止めてはいけないと思い、これまでに2回ほど分解してフルメンテナンスしながら大切にしています。ただしまい込むのではなく、ここぞのときのお守りとして息子が身に着けたりしています」
この3つは数多くある遺品の中で、どうしても手放せないものとして由美子さんと息子たちが選択したものだ。
住み替えが、手放す決断をさせてくれた
そのほかのものたちは、すべて手放したのだろうか。
「最期まで現役で働き続けた『引退式』を、亡くなって約3か月後の5月に開きました。その準備に携わってくれたかたがたに、ネクタイを持っていっては『これ使ってくれる?』とお聞きしたり、主人と同じような体形の人を見つけては『これ着てくれる?』と渡していきました。あの頃は、みんながいろんな会に私を呼んでくれたので、そのたびに主人のものを持っていき、お渡しすることを1年くらいは続けていましたね」
一周忌が終わった時点である程度のものは整理したが、それでも手放す決断ができないものがかなり残っていた。そんなとき、家族ぐるみでつきあいのあった、ある昭和の大スターの妻が、息子と暮らしていた戸建てから、ひとり暮らしをするために小ぶりのマンションに引っ越し、夫の遺品をほぼすべて手放したことを聞く。そして、「すべてを手放して本当によかった。由美子さんも荷物の整理にもなるから小さい住まいに引っ越した方がいいわよ」とアドバイスされた。
「ちょうどその頃、膝の調子が悪く、2階で洗濯物を干すのがつらいときがありました。103才で看取った主人の母が高齢になって2階に上がれなくなり、置いてあるものを自分の目で見ることができないのがすごく残念だと何度も嘆いていたことも思い出しました。自分の老後を考えると、住み替えるならフラットな家がいいとは思うものの、私には実行できないと半ばあきらめていたんです」
ところが昨年末、ある平屋に縁があり、引っ越しが決まる。一部屋分の余裕がなくなるため、持っていくものを厳選。ふたりで使っていたソファや、それまで捨てられなかった下着類も手放すことができた。それでも、由美子さんが使い続けている文郎さんの愛用品は多い。
「この化粧ポーチは、主人が出張に行く際にアイブローや男性化粧品を入れて持ち歩いていたものです。形見の品を大切にしまい込むかたもいらっしゃいますが、私は目に見えるところに置いたり、普段使いしたいと思います。生きている者の勝手なんですけど、ずっと触っていたもの、大切にしていたものを普段から持っていれば守ってもらえるような気がします」
【プロフィール】
山本由美子さん/1966年生まれ。大手メーカーの社長秘書を経て結婚するも離婚。その後、幼少時から家族ぐるみでつきあいのあった山本文郎さん(享年79)と結婚。現在は芸能事務所を継ぎ、デザイナー・桂由美さんのサポートなどを行う。
取材・文/山下和恵 撮影/浅野剛
※女性セブン2021年10月21日号