芸能

『木綿のハンカチーフ』から見える70年代日本の「都会と地方の隔たり」

太田裕美

1974年に『雨だれ/白い季節』でデビューした太田裕美はピアノの弾き語りと美しい高音で人気を獲得。1975年12月に発売した『木綿のハンカチーフ』は翌年大ヒットし、約87万枚のセールスを記録した(撮影/女性セブン写真部)

 椎名林檎や宮本浩次、橋本愛らにカバーされる太田裕美の名曲『木綿のハンカチーフ』。恋人を故郷に残し、ひとり都会へと旅立った彼、帰りを待ちわびる彼女との往復書簡調で歌詞が展開されるこの曲は1975年に発売され、大ヒットした。

 大人の音楽サイト「MUSIC GUIDE by Uta-Net」編集長の西山寧さんはこう解説する。

「『木綿のハンカチーフ』は、地方と都会の格差がよく表れている楽曲だと思います。歌詞を読み進めると、月日を追うごとに男性と女性との間に感覚のズレが生じてくるのがわかります。物理的な距離や収入格差なども含め、やはり都会は遠く、情報量もいまと比べものにならないほど隔たりがある時代だった。それを象徴した名曲だと思います」

 歌詞から推測すると、男性は地方の学校を卒業し、就職のために都会を目指したと考えられる。当時の人流移動について、埼玉大学教育学部 人文地理学教授の谷謙二さんが言う。

「1970年代前半は全国的に高校進学率が上昇し、1974年には全国平均で90%を超えました。そのため、1960年代に多かった中卒での大都市圏への集団就職は急減し、代わって増えたのが高校卒業後の大都市圏への就職移動です」

 地方と東京の隔たり──遠距離恋愛で胸を焦がした世代に当時を振り返ってもらおう。

〈名古屋の農家の次男坊だった彼は高校卒業と同時に横浜で就職。それからは3か月に1度、お互いの中間地点の静岡で待ち合わせをし、海や温泉で束の間の恋を楽しみました。別れ際、改札口でずっと手を振ってくれる彼の姿を見るのがつらくて、私はいつも振り返らずに、電車に乗った後に泣いていました。2年ぐらいそんな状況が続きましたが、その後、彼の転勤を機に終止符を打つことに。最後に会ったとき、小さく「ごめん」と呟いた彼の手が震えていたのを覚えています。あのとき、もっと強引に私を連れ去ってほしかった。もう何十年も前の恋なのに、いまも忘れることができません〉(主婦・67才)

 1973年から1975年にかけては大学や短大への進学に伴い、地方から都会へと移り住む人の数が増加した。

「当時の大学進学率は現在に比べるとかなり低かったのですが、地方にはまだ大学が少なかった。大学は大都市圏に集中していたため、地方から進学移動してくる人が多かったのです」(前出・谷さん)

〈高校時代、ずっと片思いだった先輩が東京の大学に合格したと聞いて、悔いが残らないよう勇気を振り絞って告白したらまさかの「OK」。会えるのは年に数回、彼が地元に帰ってくるときだけでしたが、古びた喫茶店で彼が楽しげに語る大学生活や東京でいま流行っていることなど、すべてが私にとっては新鮮でした。「卒業したら私も上京する」と心に決めていたのですが、親の猛反対を受けて地元の銀行に勤めることに。次第に彼との連絡も途切れ途切れになり、自然消滅という形で終わりました。その後、お見合い結婚で3人の子供を授かり、いまでは孫もいる身ですが、時折、いま頃彼はどうしているのかな、なんて思いがよぎります〉(パート・66才)

関連キーワード

関連記事

トピックス

独走でチームを優勝へと導いた阪神・藤川球児監督(時事通信フォト)
《いきなり名将》阪神・藤川球児監督の原点をたどる ベンチで平然としているのは「喜怒哀楽を出すな」という高知商時代の教えの影響か
週刊ポスト
《悠仁さま成年式》雅子さまが魅せたオールホワイトコーデ、 夜はゴールドのセットアップ 愛子さまは可愛らしいペールピンクをチョイス
《悠仁さま成年式》雅子さまが魅せたオールホワイトコーデ、 夜はゴールドのセットアップ 愛子さまは可愛らしいペールピンクをチョイス
NEWSポストセブン
LUNA SEA・真矢
と元モー娘。・石黒彩(Instagramより)
《80歳になる金婚式までがんばってほしい》脳腫瘍公表のLUNA SEA・真矢へ愛妻・元モー娘。石黒彩の願い「妻へのプレゼントにウェディングドレスで銀婚式」
NEWSポストセブン
昨年10月の総裁選で石破首相と一騎打ちとなった高市早苗氏(時事通信フォト)
「高市早苗氏という“最後の切り札”を出すか、小泉進次郎氏で“延命”するか…」フィフィ氏が分析する総裁選の“ウラの争点”【石破茂首相が辞任表明】
NEWSポストセブン
万博で身につけた”天然うるし珠イヤリング“(2025年8月23日、撮影/JMPA)
《“佳子さま売れ”のなぜ?》2990円ニット、5500円イヤリング…プチプラで華やかに見せるファッションリーダーぶり
NEWSポストセブン
次の首相の後任はどうなるのか(時事通信フォト)
《自民党総裁有力候補に党内から不安》高市早苗氏は「右過ぎて参政党と連立なんてことも言い出しかねない」、小泉進次郎氏は「中身の薄さはいかんともしがたい」の評
NEWSポストセブン
阪神の中野拓夢(時事通信フォト)
《阪神優勝の立役者》選手会長・中野拓夢を献身的に支える“3歳年上のインスタグラマー妻”が貫く「徹底した配慮」
NEWSポストセブン
朝比ライオさん
《マルチ2世家族の壮絶な実態》「母は姉の制服を切り刻み…」「包丁を手に『アンタを殺して私も死ぬ』と」京大合格も就職も母の“アップへの成果報告”に利用された
NEWSポストセブン
チームには多くの不安材料が
《大谷翔平のポストシーズンに不安材料》ドジャースで深刻な「セットアッパー&クローザー不足」、大谷をクローザーで起用するプランもあるか
週刊ポスト
ブリトニー・スピアーズ(時事通信フォト)
《ブリトニー・スピアーズの現在》“スケ感がスゴい”レオタード姿を公開…腰をくねらせ胸元をさすって踊る様子に「誰か助けてあげられないか?」とファンが心配 
NEWSポストセブン
政権の命運を握る存在に(時事通信フォト)
《岸田文雄・前首相の奸計》「加藤の乱」から学んだ倒閣運動 石破降ろしの汚れ役は旧安倍派や麻生派にやらせ、自らはキャスティングボートを握った
週刊ポスト
2013年に結婚した北島康介と音楽ユニット「girl next door」の千紗
《不倫報道で沈黙続ける北島康介》元ボーカル妻が過ごす「いつも通りの日常」SNSで垣間見えた“現在の夫婦関係”
NEWSポストセブン