補給も援軍も来ない籠城戦のような状態、医療機関も介護施設もみな同じような孤立無援の戦いを強いられている。繰り返すが特養はもちろん高齢者施設の入所者の多くは介護者がいなければ生きていけない。飲食店のように休業という選択すらできない。子どもと同様にマスクをぐずる、もしくはマスクが嫌で暴れる認知症の方もいる。食事、排泄、入浴、シーツやおむつなどの交換のたびに消毒と清掃、そんな業務で人員不足、低賃金、まして自身もコロナに罹患するかもしれない最前線から逃亡しても、それを責めることなどとてもできない。無理だ。
「前も2月から9000円上がるからって引き止められましたけど、9000円ですか、ってつい言っちゃいました。施設長も上司も苦笑いでしたが」
これまで散々放置されてきた介護職員の処遇だが、介護職員処遇改善支援補助金と称して2022年2月から9月までの賃金に月額9000円を加算することを決めた。10月以降も報酬としての加算を継続する見通しだが、これで引き止められるかは不透明だ。
「コロナ禍で再就職が難しいと言っても介護職レベルのお金を貰える仕事はたくさんありますから。仮に復帰したくなれば復帰も容易なのはこの仕事のいいところです」
踏ん切りをつけた田山さんだからこその言葉だが、確かにそうなのだ。30年間変わらない日本の平均年収だが、その平均年収より約100万円安いのが介護職、それでコロナの最前線で命を張って大勢の高齢者の命を守れと言われても割に合わないというのが本音だろう。またコロナと離職者により施設の存亡すら危うくなっている。2020年の老人福祉、介護事業の倒産は2000年以降(介護保険法施行後)で過去最多となった。2021年は一時的な収束、緊急事態宣言解除もあって落ち着いたが、このままでは2022年には増加する可能性が高い。
感染者数が数万人単位で更新される中、高齢者施設のクラスターも連日報じられている。オミクロンは「ただの風邪」ではないし人によっては命を落とす。しかしコロナ関係なく命をつないでいる状態の高齢者やその施設、そして職員にとってはどうか。3回目の接種も遅れに遅れ、オミクロン株を2類相当(結核、SARSと同じ)のままか5類(インフルエンザ)とするのかも決めあぐねている日本、そのコロナの最前線は今日この時も、刻一刻と崩壊し続けている。いずれにせよ、その選択も含めて明確に政府が責任を引き受ける形のメッセージを発信しなければ、ますます田山さんのような真摯で優秀な介護士の離職が増え続けてしまうだろう。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)ジャーナリスト、著述家、俳人。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。社会問題や生命倫理の他、日本のロジスティクスに関するルポルタージュも手掛ける。