1巻に収められたエピソードで特に私が興味を惹かれたのは4杯目の物語だ。血だらけの女性が来店する。いつもの手順を踏まずにオーナーは彼女の話を聞こうとする。そして矢継ぎ早に、彼女にこの店で秘密を話すことに対しての条件を告げていくのだ。条件を聞き終わったあと彼女が口にした秘密は「恋人を殺してきたこと」。
この4杯目は一つの秘密を彼女と彼氏、それぞれその秘密に関わる2人の話が描かれたものになっている。ひとつひとつパズルのピースが埋まっていくように明かされていくミステリー仕立ての構成となっており、それが読者の好奇心を非常にスマートにあおり、思わずため息がこぼれてしまうほど魅力的なものになっている。
物語のポイントは彼がオーナーに話していた秘密と、彼が彼女に刺された理由。一つの話とは思えないほど各所に張られた伏線、特に彼女が残した言葉には複数の意味が読み取れ、何度も読み返してしまうほど衝撃を受けてしまった。
この他の物語もそれだけで1本、長編作品が描けてしまうほど濃厚な秘密が語られていく『王様の耳 秘密のバーへようこそ』。ここまで完成された作品にはなかなか出会えるものではないだろう。
【プロフィール】
栗俣力也(くりまた・りきや)/TSUTAYAの名物書店員。面白い本を次々と発掘、ヒットさせることから、読者や出版業界関係者から「仕掛け番長」の愛称で呼ばれている。
※女性セブン2022年6月16日号