ライフ

【逆説の日本史】大日本帝国の主流になれなかった「負け組」西園寺公望の生涯

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立V」、「国際連盟への道3 その6」をお届けする(第1361回)。

 * * *
 西園寺公望の生涯を語っているうちに、話は一八八一年(明治14)に戻ってしまった。読者のなかには、本章のタイトルは「国際連盟への道」ではないか、なぜすぐにそこへいかないのか? と疑問を持っている方もいるかもしれない。そういう方々になぜこうした記述を続けているか、その意図を説明しておく必要があるだろう。

 西園寺公望という人物は、伊藤博文や大隈重信あるいは桂太郎などにくらべて歴史的知名度は低い。その理由は、彼がめざした政治が大日本帝国の主流とはならなかったからだ。身も蓋もない言い方をすれば、彼は「負け組」なのである。しかし彼が敗北したことによって、逆に大日本帝国は結局「敗北への道」をたどったことも事実である。なぜそうなったかということを追究するためには、「負け組」がなぜ、そしてどのように負けたのかをチェックしておく必要がある。

 それに「負け組」とは言っても、彼は内閣総理大臣を複数回務めライバル桂太郎と「桂園時代」を築いた男だ。その影響力は決して半端なものでは無かった。しかし、そうしたことは「勝ち組」の歴史だけを見ていると視野に入ってこない。だからこそ「桂園時代」に至るまでの西園寺の生涯を見ておかねばならないのだ。

 その西園寺の最初の「負け」は、東洋自由新聞の社長の座を辞さざるを得なかったことだろう。彼は皇室の藩屏たる公家であり、しかもフランス長期留学というワガママを許してもらった恩もある。内勅とはいえ天皇の命令に逆らうことはできない。しかし、辞職にあたって西園寺は天皇を諫めるべきだと考えてもいた。こうした形での言論弾圧は、健全な国家の発展に悪影響を与えるからだ。そこで西園寺は上奏文をしたためた。もちろん明治天皇宛である。

〈勅諭の深意は、新聞は華族の従事すべき事業でないことと、自由の論は民心を煽惑して政を害することの二つの主旨のようだが、すでに欧米諸国の文物制度を取り入れる方針である以上、言論の自由を拡張するのは当然であろう。また詔勅で「立憲の制」にしたがう意をのべた以上、自由の論を認め、新聞紙の役割を評価すべきだ。もし新聞紙が政治に害があるというのであれば、華族だけを例外とするのではなく、士族平民についても禁止するのが当然となる。どうか陛下は一日時間をとって私の意見をおきき下さい。そうすればくわしく申し上げます。これが上奏文の主旨であった。〉
(『西園寺公望 ―最後の元老―』 岩井忠熊著 岩波書店刊)

 著者の岩井忠熊は、この文章の続きで「この上奏文は左大臣だった有栖川宮熾仁親王の文書の中にのこっていたという。果たして天皇の手許まで届いたか否か明らかでない」と書いているが、それはたしかな史料が無い限り断言はしないという歴史学者の性癖(失礼!)に基づくもので、この「御進講」は結局実現しなかったと考えるのが妥当だろう。有栖川宮か岩倉具視あたりが、「握り潰した」に違いない。

 もしそれが実現していたとすれば、ほかならぬ西園寺がなんらかの形で記録に残すはずである。それこそ彼がフランスで学んできたことの根幹であるからだ。そして、それが実現していたら大日本帝国の言論環境はかなり改善され、ひょっとしたら大逆事件による幸徳秋水らの処刑も阻止されたかもしれないと思うのは私だけだろうか。

 残念ながら、そうはならなかった。このとき政府は「社長を辞めれば官僚として登用する」ともちかけたようだが、西園寺はすぐには応じなかった。それでは東洋自由新聞の同志たちには露骨な裏切りに映ると考えたのではないだろうか。そこで彼は、しばらくパリの留学生仲間が設立した明治法律学校で行政法の講師となった。明治法律学校は明治大学の前身である。そして七か月がすぎた十一月に、西園寺は参事院議官補として政府に採用された。役人人生の始まりであった。

関連記事

トピックス

「新証言」から浮かび上がったのは、山下容疑者の”壮絶な殺意”だった
【壮絶な目撃証言】「ナイフでトドメを…」「血だらけの女の子の隣でタバコを吸った」山下市郎容疑者が見せた”執拗な殺意“《浜松市・ガールズバー店員刺殺》
NEWSポストセブン
連続強盗の指示役とみられる今村磨人(左)、藤田聖也(右)両容疑者。移送前、フィリピン・マニラ首都圏のビクタン収容所[フィリピン法務省提供](AFP=時事)
【体にホチキスを刺し、金のありかを吐かせる…】ルフィ事件・小島智信被告の裁判で明かされた「カネを持ち逃げした構成員」への恐怖の拷問
NEWSポストセブン
グラドルデビューした渡部ほのさん
【瀬戸環奈と同じサイズ】新人グラドル・渡部ほのが明かすデビュー秘話「承認欲求が強すぎて皆に見られたい」「超英才教育を受けるも音大3か月で中退」
NEWSポストセブン
2人は互いの楽曲や演技に刺激をもらっている
羽生結弦、Mrs. GREEN APPLE大森元貴との深い共鳴 絶対王者に刺さった“孤独に寄り添う歌詞” 互いに楽曲や演技で刺激を受け合う関係に
女性セブン
無名の新人候補ながら、東京選挙区で当選を果たしたさや氏(写真撮影:小川裕夫)
参政党、躍進の原動力は「日本人ファースト」だけじゃなかった 都知事選の石丸旋風と”無名”から当選果たしたさや氏の共通点
NEWSポストセブン
セ界を独走する藤川阪神だが…
《セの貯金は独占状態》藤川阪神「セ独走」でも“日本一”はまだ楽観できない 江本孟紀氏、藤田平氏、広澤克実氏の大物OBが指摘する不安要素
週刊ポスト
「情報商材ビジネス」のNGフレーズとは…(elutas/イメージマート)
《「歌舞伎町弁護士」は“訴えれば勝てる可能性が高い”と思った》 「情報商材ビジネス」のNGフレーズは「絶対成功する」「3日で誰でもできる」
NEWSポストセブン
入団テストを経て巨人と支配下選手契約を結んだ乙坂智
元DeNA・乙坂智“マルチお持ち帰り”報道から4年…巨人入りまでの厳しい“武者修行”、「収入は命に直結する」と目の前の1試合を命がけで戦ったベネズエラ時代
週刊ポスト
組織改革を進める六代目山口組で最高幹部が急逝した(司忍組長。時事通信フォト)
【六代目山口組最高幹部が急逝】司忍組長がサングラスを外し厳しい表情で…暴排条例下で開かれた「厳戒態勢葬儀の全容」
NEWSポストセブン
ゆっくりとベビーカーを押す小室さん(2025年5月)
小室眞子さん“暴露や私生活の切り売りをビジネスにしない”質素な生活に米メディアが注目 親の威光に頼らず自分の道を進む姿が称賛される
女性セブン
手を繋いでレッドカーペットを歩いた大谷と真美子さん(時事通信)
《「ダサい」と言われた過去も》大谷翔平がレッドカーペットでイジられた“ファッションセンスの向上”「真美子さんが君をアップグレードしてくれたんだね」
NEWSポストセブン
パリの歴史ある森で衝撃的な光景に遭遇した__
《パリ「ブローニュの森」の非合法売買春の実態》「この森には危険がたくさんある」南米出身のエレナ(仮名)が明かす安すぎる値段「オーラルは20ユーロ(約3400円)」
NEWSポストセブン