逃亡先は中国からフィリピンへ
2000年代から2010年代にかけて、半グレが世の中を騒がせた当時は、中国人犯罪グループが台頭していたこともあり、警視庁の元刑事は「フィリピン以外に人伝てに金を払って中国に逃亡する日本人犯罪者も多かった」という。だが「金の切れ目が縁の切れ目で、金でつながっていた人間関係は、金が尽きればそこで切れる」(元刑事)。かくまってもらえずに放り出されれば、帰国するしかない。今では中国も物価が上がっている。日本人が逃亡したところで予想以上に金がかかるのだろう。
その点、フィリピンはまだまだ物価が安い。暴力団幹部も「ホテル代は安くすむ。飯は安くてうまい。生活するのに金がかからない。部屋を借りるにしても面倒なことは何もない。金さえ払えばすぐに住める」。マニラ近郊なら、食事するにも遊びにも事欠くことはないし「プリペイド式の携帯電話も簡単に買える。SIMカードを店で買えばいいだけだ」(暴力団関係者)。身分証の提示や個人情報を求められることもなく、逃亡してきた者にとっては過ごしやすいといえる。
さらにもう1つ、犯罪者にとって重要なのが「日本とフィリピン両国の間に”犯罪人引渡し条約”が結ばれていないことだ」と元刑事は話す。2023年2月現在、警察庁のHPによると、日本がこの条約を結んでいるのは米国と韓国の2国だけだ。条約は「日本で犯罪を犯し国外に逃亡した犯罪人を確実に追跡し、逮捕するため、一定の場合を除き、犯罪人の引渡しを相互に義務づけるものである」とされている。
日本はこの2国の他に中国、香港、EUやロシア、ベトナムなど30以上の国と地域との間で、刑事共助条約または協定を結び、捜査共助を行っている。捜査共助とは、令和2年の犯罪白書によると「相互主義の保証の下で、外交ルートを通じて刑事事件の捜査・公判に必要な証拠の提供等の共助を行い、逆に、相手国・地域の法令が許す範囲で、わが国の捜査・公判に必要な証拠の提供等を受けている」というものである。
「中国とは捜査共助ができ、捜査協力ができるようになった。その頃から、中国の捜査機関や司法当局は代理処罰的な形で犯罪者対応をするようになってきた。以前は中国に犯罪者の手配書を通知してもなかなか協力してもらえなかったが、今は違う」(元刑事)。中国に逃亡しても、ひと昔前のようにはいかなくなったのだろう。
「フィリピンは犯罪者にとって、とにかく気楽な場所だ」と暴力団関係者は笑った。