再開発計画の見直しを求め、病床から最後まで声を上げ続けた坂本龍一さん(時事通信フォト)
坂本龍一さんの病床からの手紙
明治天皇の崩御後、“近代日本経済の祖”渋沢栄一らの呼びかけによって国民が苗木を一本一本植え、100年以上の時間をかけて都心に形作られた広大なオアシス、明治神宮外苑。ところがその地域にいま、令和の再開発の波が押し寄せ、樹齢100年級の大木たちが切り倒される危機に瀕している──。
東京の新宿区と港区にまたがる神宮外苑エリアには、神宮野球場や秩父宮ラグビー場といったスポーツ施設のほか、大手企業の本社ビルなども軒を連ねる。今回の再開発計画は、老朽化対策やバリアフリー化などを目的に、野球場とラグビー場の場所を入れ替えて新設し、野球場にはホテルなどの入った14階建てのビルを併設。さらに地上200mほどのオフィスビルの建設や、いちょう並木から続く広場の整備などをするという。総事業費が約3500億円に迫るこの計画のスタートは、石原慎太郎都知事時代に遡る。
「東京五輪招致に向けて打ち出されたもので、2013年に招致が決まると計画は一気に加速。建築規制が劇的に緩和され、大規模な開発が可能となったのです。それによって樹木の大規模な伐採が可能になり、環境破壊につながるといった反対の声が上がりました」(都政担当記者)
特に象徴的な景観である、いちょう並木の保護・維持が多くの市民に心配された。
「現在の計画では、いちょう並木は保全される方向です。ただ、新設される野球場の壁から8mしか離れておらず、再開発後に樹齢100年を超えるいちょうがどのような影響を受けるかは未知数です。
また、当初の計画では1000本以上とされた樹木の伐採本数は、何度かの計画修正で本数を減らしたものの現在の推計でも700本以上です。開発の事業者は、新たに植樹を進めたり、芝生のゾーンを作ったりするので“みどりは減らない”と主張していますが、古木や大木が伐採されるという疑念には応えていないと批判の声が上がっています」(前出・都政担当記者)
死の直前まで開発計画の見直しを訴え続けてきたのが、今年3月末に亡くなった音楽家の坂本龍一さんだ。亡くなる直前、再開発の許認可を与える立場の小池百合子都知事らに、こんな手紙を送っていたことが明らかになっている。
《率直に言って、目の前の経済的利益のために先人が100年をかけて守り育ててきた貴重な神宮の樹々を犠牲にすべきではありません。これらの樹々はどんな人にも恩恵をもたらしますが、開発によって恩恵を得るのは一握りの富裕層にしか過ぎません。この樹々は一度失ったら二度と取り戻すことができない自然です》(編集部で一部抜粋)
4月末にも坂本さんの遺志を継ぐ著名人や支持者、約6000人が絵画館の近くの路上で抗議活動を行うなど、反対運動は活発化している。小池都知事は会見で手紙について問われ、こう述べた。
「事業者である『明治神宮』にも手紙を送られた方がいいんじゃないでしょうか」(3月17日)
神宮外苑はもともと国有地だったが、戦後にその大半が宗教法人「明治神宮」の所有となった。言わずもがなだが、明治天皇と昭憲皇太后を祀る明治神宮はいまでも天皇家や皇族と深く密接な関係を持つ。昨年は明治天皇没後110年で、天皇陛下や秋篠宮ご夫妻が明治神宮を参拝された。開発事業推進派の都政関係者はこう頭を抱える。
「小池さんらしく歯切れよく明治神宮に話を投げた。つまり、上手に責任転嫁したつもりだったのでしょうが、この発言は虎の尾を踏んでしまった。せっかく問題を静観していた皇室を巻き込む形になってしまったんですから……」