「ほんとに個人的な動機です。うちの兄の子どもが小学校受験に失敗しちゃって。小学校受験なんて子どもに責任はないのに、子どもなりに責任感じちゃってたんですよね。たかが受験なんだけど、そのたかが受験で家族のアイデンティティが揺らぐこともあって。受験経験のあるぼくにはそういう感じがよくわかるし、なんとか彼らをラクにできないかなと思ったことがひとつです。
あと、ゲイだと子育てするチャンスはほとんどないので、ぼくが長年つきあっている彼氏と、もし2人で子育てするならどうなるだろう、という、ずっと頭にあった妄想が結びついてできたのがこの小説です」
小説は6作目。短歌同様、スマートフォンのメモ機能を使ってどんどん書き進めていくそうだ。
「師匠の林さんは手書き推奨で、手の動きと脳が直結してるから、というんですけど、ぼくにとって、林さんの手書きに近い感覚がLINEとかなんですよね。携帯のメモで書くのがいちばんしっくりくるわと思って、お風呂の中でもベッドの上でも、ばーっと書いていきました」
恵まれているからこそ感じるしんどさを、秋に託した
蓮が受験する小学校は東京の超名門私立大学の付属で、経済的に恵まれた家庭の子どもばかりが通う学校だ。受験塾の先生への「手土産」も、学校への寄付金も、目をむくほどのとんでもない額だが、これらは小佐野さんが実際に見聞きして知るリアルな数字だ。
ちなみに、田園調布にある秋の実家には、金の豪華な螺旋階段があるという描写があり、もしテレビドラマに出てきたら作り物っぽく見えかねない設定だが、小佐野さんの実家にも同じような階段がある。
両親が離婚し、建築家の父親が病気で亡くなった後に、母親の違う弟と初めて対面したことなど、フィクションのベースには、小佐野さんの実体験がかなり使われている。
「あなたは恵まれている」──子どもの頃も、小説を書き始めてからも、他人から常に、そう言われてきた。
「『めっちゃ恵まれている』のはぼく自身、よくわかっています。でも、そういう家庭に生まれたがゆえに、セクシュアルマイノリティとして生まれたことではめんどくさい思いも結構してきたし、恵まれているからこそ『苦しい』と言っちゃいけないとも感じてきました。秋には、そういうぼくが感じてきたしんどさを託したところはありますね」