小説の中で、蓮が受験する小学校の先生が秋にあてて手紙を書く。この学校には、入学後に両親が離婚した児童はいても、シングルマザーの家庭に育った子は一人としていない。その状況はふつうとは言えない、と秋の恩師でもあるその先生は感じていて、そういう感覚を、彼らと共有したいという思いがある。
「恵まれている」と言われるような家庭の子どもしかいない、ある意味、特殊な環境は、小佐野さんが通っていた慶應幼稚舎の状況そのままだ。クラスメートには有名企業の御曹司も多く、親の仕事を当然のように引き継ぐのを見て、小佐野さんは「すごいな、強いな」と感じていたという。
「『理想の家庭』のモデルみたいな家庭がほとんどでしたね。でも、家族のあり方ってそれだけじゃなくてもいいし、ほんとにそれぞれだと思うんです。縦糸と横糸が、ばらばらになったり、またくっついたりするイメージで、いろんなかたちがあっていい」
林真理子さんが小説を書いてよ、とリクエストしたのは、小佐野一族の物語だった。山梨県の貧しい農家に生まれた小佐野賢治は、一代で実業家として成功し、華族の妻を迎える。戦後のロッキード事件では田中角栄とともに被告の座についた。小佐野の死後には一族の中でお家騒動も勃発するなど、ふつうの人は経験することのない波瀾万丈のストーリーが続く。リクエストされた一族の物語も、すでに初稿を書き終えているとのことで、読むのが楽しみだ。
「ぼく、『他人事』って言葉がすごい嫌いなんです。大学院の博士課程まで経済学をやっていて『一般均衡』って考え方が頭にしみついているんですけど、世の中に存在するありとあらゆるものの価格っていうのは、まったく関係なさそうなものの需給とも関係しています。
要するに、『他人事』なんて何ひとつないんですよね。全然関係ない世界に生きているように見えている人も、自分と同じように悩んだり苦しんだりしている。そう思わせるのが小説の力だと思います」
【プロフィール】
小佐野彈(おさの・だん)さん/1983年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。台湾台北市在住。2017年「無垢な日本で」で第60回短歌研究新人賞受賞。2019年、第63回現代歌人協会賞、第12回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。小説作品に『車軸』『僕は失くした恋しか歌えない』。オープンリー・ゲイとして創作を続ける。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2023年7月6日号