ライフ

【逆説の日本史】多くの歴史書に書かれていない張作霖とバボージャブの「因縁」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十四話「大日本帝国の確立IX」、「シベリア出兵と米騒動 その6」をお届けする(第1429回)。

 * * *
 モンゴル史に触れるにあたって先に「モンゴル人に姓は無い」と書いたところ、読者から反論というか質問があった。元横綱の朝青龍の本名は、ドルゴルスレン・ダグワドルジというらしいが、これは「姓と名」ではないのか、ということだ。たしかに彼の本名はダグワドルジだが、ドルゴルスレンというのは姓では無く父親の名前だ。つまり、現在は父親の名前の後に自分の名前を記し「姓名」のようにするという習慣ができているのだが、いま問題にしている大正初期にはそんな習慣は無かった。だからバボージャブはただのバボージャブであり、念のためだがチンギス・ハンの「ハン」も称号である。

 さて、そのバボージャブだが、悲劇の英雄と言っていいだろう。勇気もあり統率力もあるから、荒くれ者揃いの馬賊集団のなかでリーダーになれた。愛国心いや愛民族心と言ったほうがいいが、まさにチンギス・ハン以来の「モンゴル民族大統一」の理想を抱き、その道をまっしぐらに進んだ。彼にとってモンゴル族、それも自分の生まれた内モンゴルを弾圧と懐柔で支配してきた満洲族の清朝が滅んだことは、まさに大統一への絶好のチャンスだった。

「敵の敵は味方」という言葉がある。バボージャブにとって、清朝に代わって内モンゴルの支配を継続しようとしている中華民国、いや袁世凱の中華帝国は最大の敵であり、大隈内閣のもと「排袁(袁世凱打倒)」を国是として決定した大日本帝国は、最大の味方となった。

 ところが、バボージャブの理想にとっての最初の躓きは、前回述べたように彼が馳せ参じたボグド・ハーン政権が中華民国およびロシア帝国とキャフタ協定を結び、外モンゴルの自治権獲得だけで満足して矛を収めてしまったことだった。それでも、「独立軍」となったバボージャブを日本は引き続き支援した。むしろ、日本にとってはボグド・ハーン政権の「紐付き」で無くなったことは「使い勝手」がよくなり、利用価値が高まったとすら言える。

 ところで、満洲は清朝時代の行政区画で言えば東三省(奉天省、吉林省、黒竜江省)であったが、このうち奉天省を根拠地とし馬賊集団から地方軍閥の長に昇りつめた男がいた。名を張作霖という。『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』では、項目執筆者の倉橋正直が次のように紹介している。

〈中国の軍閥。字(あざな)は雨亭。奉天(ほうてん)省(現、遼寧(りょうねい)省)海城県の人。馬賊から身をおこし、日露戦争では日本軍の別働隊として暗躍。のち清(しん)朝に帰順。辛亥(しんがい)革命のとき、奉天(現瀋陽 (しんよう))市内に入り警備にあたる。1916年、奉天将軍の段芝貴(だんしき)を追って督軍になる。1918年、東三省巡閲使、その後、黒竜江、吉林(きつりん)両省を支配下に収めて、東三省全体に君臨する奉天軍閥を形成した。(以下略)〉

 まだまだ記述は続くのだが、これから先は多くの人が知っているだろう。これより十年後の一九二八年(昭和3)、国民党の蒋介石に敗れた張作霖は満洲へ引き返したが、日本の関東軍参謀河本大作大佐の工作によって奉天駅付近で乗っていた列車を爆破され、殺害された。日本では真相を隠し「満洲某重大事件」と呼んだ。これで田中義一陸軍大将が首班であった内閣は崩壊したが、関東軍の首謀者は軍法会議にかけられることも無く、結局これが満洲事変そして日本による満洲国の建国につながった。

関連記事

トピックス

話題を集めた佳子さま着用の水玉ワンピース(写真/共同通信社)
《夏らしくてとても爽やかとSNSで絶賛》佳子さま“何年も同じ水玉ワンピースを着回し”で体現する「皇室の伝統的な精神」
週刊ポスト
ヒグマの親子のイメージ(時事通信)
《駆除個体は名物熊“岩尾別の母さん”》地元で評判の「大人しいクマ」が人を襲ったワケ「現場は“アリの巣が沢山出来る”ヒヤリハット地点だった」【羅臼岳ヒグマ死亡事故】
NEWSポストセブン
真美子さんが信頼を寄せる大谷翔平の代理人・ネズ・バレロ氏(時事通信)
《“訴訟でモヤモヤ”の真美子さん》スゴ腕代理人・バレロ氏に寄せる“全幅の信頼”「スイートルームにも家族で同伴」【大谷翔平のハワイ別荘訴訟騒動】
NEWSポストセブン
決勝の相手は智弁和歌山。奇しくも当時のキャプテンは中谷仁で、現在、母校の監督をしている点でも両者は共通する
1997年夏の甲子園で820球を投げた平安・川口知哉 プロ入り後の不調について「あの夏の代償はまったくなかった。自分に実力がなかっただけ」
週刊ポスト
中居正広氏の騒動はどこに帰着するのか
《中居正広氏のトラブル事案はなぜ刑事事件にならないのか》示談内容に「刑事告訴しない」条項が盛り込まれている可能性も 示談破棄なら状況変化も
週刊ポスト
離婚を発表した加藤ローサと松井大輔(右/Instagramより)
「ママがやってよ」が嫌いな言葉…加藤ローサ(40)、夫・松井大輔氏(44)に尽くし続けた背景に母が伝えていた“人生失敗の3大要素”
NEWSポストセブン
ヒグマの親子のイメージ(時事通信)
【観光客が熊に餌を…】羅臼岳クマ事故でべテランハンターが指摘する“過酷すぎる駆除活動”「日当8000円、労災もなし、人のためでも限界」
NEWSポストセブン
2013年に結婚した北島康介と音楽ユニット「girl next door」の千紗
《金メダリスト・北島康介に不倫報道》「店内でも暗黙のウワサに…」 “小芝風花似”ホステスと逢瀬を重ねた“銀座の高級老舗クラブ”の正体「超一流が集まるお堅い店」
NEWSポストセブン
夏レジャーを普通に楽しんでほしいのが地域住民の願い(イメージ)
《各地の海辺が”行為”のための出会いの場に》近隣住民「男性同士で雑木林を分け行って…」 「本当に困ってんの、こっちは」ドローンで盗撮しようとする悪趣味な人たちも出現
NEWSポストセブン
2013年に結婚した北島康介と音楽ユニット「girl next door」の千紗
《北島康介に不倫報道》元ガルネク・千紗、直近は「マスク姿で元気がなさそう…」スイミングスクールの保護者が目撃
NEWSポストセブン
娘たちとの関係に悩まれる紀子さま(2025年6月、東京・港区。撮影/JMPA)
《眞子さんは出席拒否の見込み》紀子さま、悠仁さま成年式を控えて深まる憂慮 寄り添い合う雅子さまと愛子さまの姿に“焦り”が募る状況、“30度”への違和感指摘する声も
女性セブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者が逮捕された
「ローションに溶かして…」レーサム元会長が法廷で語った“薬物漬けパーティー”のきっかけ「ホテルに呼んだ女性に勧められた」【懲役2年、執行猶予4年】
NEWSポストセブン