一方、日本はロシア革命を妨害するために「シベリア出兵」したのだから、白系ロシア人は頼もしい味方であり友軍だった。しかし、白系ロシア人の最大にして最後の政権をオムスクに築いたコルチャークは赤軍に敗北し、逮捕されて処刑された。これで「白系ロシア人によるロシア帝国の再興」は完全に失敗した。

 日本軍はこれ以上赤軍と戦っても意味が無いと考え、休戦協定に応じる方針に転換した。そして、この年一九二〇年(大正9)一月十七日付で陸相から現地派遣軍に、「白軍と赤軍の争いには介入せずに中立を守れ」という通達がなされた。じつは、これが尼港事件の引き金を引いたと言ってもいい。

 オムスクが陥落した後も、ニコラエフスクは白系ロシア人の拠点だった。もともと裕福なユダヤ系市民が多く、「革命」の名のもとに略奪暴行をいとわない赤系には反感を持っていた。

 一方、主要産業である漁業や海産物交易に従事するため日本人とその家族が約七百名以上在住しており、白系ロシア人と日本人の関係は良好であった。そして彼らを守るために陸軍の水戸歩兵第二連隊第三大隊(指揮官・石川正雅少佐)約三百三十名と、海軍無線電信隊(指揮官・石川光儀少佐)約四十名が駐屯しており、ニコラエフスクを実効支配している白軍との関係も良好だった。

 つまり日本軍と白軍がタッグを組んでいたため、一刻も早くロシア全土から白系ロシア人を排除したい中央政府にとって、ニコラエフスクはまさに「目の上のたん瘤」だったのだ。

 しかし、日本軍が中立を守るとなれば赤軍にとってニコラエフスクを攻略するチャンスが来たということになる。それだけでは無い。ニコラエフスクでは冬から初春にかけて周辺の海面は完全に凍結する。じつは当時、日本海軍はじゅうぶんな砕氷能力を持つ砕氷船を持っていなかった。この事件の後に慌てて整備に努めたのだが、この時点では海軍は氷が溶ける五月まで援軍を送る能力は無かったのである。当然、居留民とともに脱出することもできない。もちろん陸からなら援軍を送ることはできるが、そのためには無線通信が確保されていることが最低条件である。

白系ロシア人は魅力的な「獲物」

 ここで逆に考えてみよう。赤色パルチザンから見ればこの状況はどうか、ということである。まず、日本軍は中立を守る方針なのだから、手薄な白軍だけを殲滅しその後に裕福なユダヤ系市民から略奪暴行すればいい。それは当然指揮官であるトリャピーツインから見れば、大手柄を挙げて中央に自分の名を売り込む絶好のチャンスだ。

 だが、おそらく彼の心の中にはもう一つの野心があった。私の推測だが、それは日露戦争でロシア軍を破ったアジア最強の日本陸軍を、自分の手で破ることだった。成功すれば中央は大きく自分に注目するだろう。具体的にはニコラエフスク攻略にあたって、日本軍と交渉して中立を守らせる。そして日本軍の支援を失った白軍を殲滅した後、今度は日本軍の通信部隊に奇襲をかけて援軍を求められない状況に追い込み、孤立無援となった日本軍を氷が溶けるまでに「始末」する、ということだ。

 もちろん、トリャピーツインが当初から日本軍の殲滅および日本人居留民皆殺しまで策していたというのは私の推測だが、事件の経過はいま述べたとおりに進んだ。詳しくは前出の『ニコラエフスクの日本人虐殺』を読んでいただきたいが、トリャピーツインはまず日本軍と交渉し、白軍と赤軍(赤色パルチザン)の交戦には手を出さないよう協定を結んだ。

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